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もらいもの食堂 vol.2

この町の田んぼは、広大だ。
田植えが終わったばかりで、苗が規則正しく並んでいる。
一生懸命田んぼに馴染もうとしているんだろう。
初秋の頃には、黄金色の景色が広がる。
黄金色の景色は圧巻で、互いに実りを祝うように、エネルギーに満ち溢れる。
僕は、黄金色の時期ももちろん好きだが、田植えが終わった後の景色も好きだ。
春の風と初夏の風が混じるこの時期は、心が躍るような浮かれた気分になったりもする。
気持ちが若くなるというか、新鮮な気分になって、それが心地いい。
苗の緑色が、いっそう爽やかな気持ちに誘う。
僕は、浮かれた気持ちのままカメラを構えて、シャッターを切った。
           パシャッ
陽ざしが東から差し込み、まだまだ若い苗に息吹がかかったようだ。
いい撮り映えに、僕はますますうれしくなった。
「頑張って大きくなれよ」
車の窓を全開にし、風を感じるようにアクセルを踏む。
すれ違う車もあまりいないので、気分よく「フンフフン♪」と鼻歌を歌いながらハンドルを握る。

自宅に着いて車を駐車していると、アケミさんアオさん『もらいもの食堂』に向かって行くのが見えた。
アケミさんは、養鶏場をいとなんでいる。
両手で大きなカゴを抱えているから、玄関の引き戸を開けるのは大変だろうな。
僕は、急いでアケミさんに声をかけた。
「戸を開けましょうか?」
「あ、飯田くん!来てくれてよかったわ。卵と鶏肉をアオさんに持ってきたんだけど、両手がふさがっちゃって。ありがとう!」
「いえいえ、こまっていそうだったので」

僕は引き戸を開けた。
アケミさんは、カゴを抱えたままサンダルを脱ぎ、調理場まで入って行った。
僕は一度自宅に帰ろうとしたけど、アケミさんが「飯田君、おいで。」と、誘ってくれたので僕も調理場に向かうことにした。
「見て。これ今朝とれた卵なの。あと鶏肉。一緒に食べましょ。」
この卵をアオさんは何の料理にするんだろう。
きっと、おいしい料理なんだろうな……
そう考えると、だんだんとお腹が空いてきた。
「いっしょに食べます」

もらいもの食堂は、10時半くらいから人が立ち寄る。
僕はだいたいお昼も夜も、『もらいもの食堂』で食事をするので、お昼の常連さんとも顔馴染みなんだ。

「ねえ、アオさん。私、アオさんの卵焼きが食べたいっ!」
「では、卵焼きにしましょう」アオさんがほほ笑んだ。
僕も「卵焼き楽しみだな」と喜んだ。

「お~い、アオさん~」と誰かがアオさんを呼びながら調理場に入ってきた。
モエギさんだ。
柑野さんの妹で、柑野さんと一緒に野菜を作っている。仲のいい兄弟だ。
モエギさんは
「キュウリの漬物を持ってきたよ。あと、三つ葉、しいたけ」
と言って、アオさんに渡した。
「今日はね、アケミさんに卵と鶏肉も貰ったの。卵は卵焼きにして…」
アオさんが言い終わらないうちに、モエギさんは
「いいね!あたし、鶏肉はお吸い物で食べたい!」とリクエストした。
「お吸い物!いいわね。わかった!リクエストにお応えします」
ニコリとアオさんは笑った。
卵焼きとお吸い物か。
昼ごはんが待ち遠しいな。

「そうだったっ」
僕は車にカメラを置きっぱなしにしていたことに気づき、一度車に戻った。
僕の住んでいる家と『もらいもの食堂』は隣どうし
僕がここに住む少し前に、『もらいもの食堂』ができたらしい。
以前アオさんが、
「もらいものだけで食事が出せそうな雰囲気になってきたから始めたのよ」
と言っていたのを思い出した。
車の後部座席のドアをばっと開け、カメラが入ったバッグに手を伸ばした。
バッグを肩にかけようとした時、人の気配があったので振り向くと、
柑野さんが『もらいもの食堂』に入って行ったのが見えた。

柑野さんのうしろ姿を追うように、僕も『もらいもの食堂』に向かった。
すると、庭先の花壇に植えられたルピナスの花が目に留まった。
この前見た時はまだつぼみだったけど、うららかな陽ざしに誘われて、花を咲かせたのかな。
ピンク、紫、黄色の花穂が立ち並ぶ姿に心が弾むようだった。
僕は迷わずバッグからカメラを取り出し、ルピナスの姿をカメラに収める。
鈴なりについた花は、開花したばかりのようで、とても瑞々しい。
撮影した画像をチェックして、ルピナスの映りに僕は満足し、ゆっくり立ち上がった。

『もらいもの食堂』に入ると、ご飯が炊ける香りがした。
う~ん、ますますお腹が空いてきた。
洗面所で手を洗い、調理場の戸を開けると、カチャカチャと卵を溶く音が聞こえてきた。
どうやら調理のクライマックスを迎えているようだ。
       ジュワッ!
卵焼き用のフライパンに卵を流し入れた音。
アオさんは、フライパンの卵を手際よくかきまぜ、奥に寄せ集めた。
卵をフライパンに入れ、寄せ集めた卵の下に流してまく。これを何度か繰り返した。
見ていると楽しい。ずっと見ていたいぐらいに。
アオさんは簡単にやっているが、僕には難しい作業だと思うものをなんなくこなしてるアオさんはすごい。

アオさんは忙しそうだ。
「僕、ご飯をよそりましょうか」と提案すると
「助かる!よろしく」とグッジョブという返事があった。
ご飯をよそるくらいなら、僕にもできる。
釜を開けると、湯気が立ち上り、つやつやきらきらのご飯が顔をのぞかせる。
僕はしゃもじで、旨味が全体に届くように、釜の底の方からご飯をかき混ぜた。
お茶碗にご飯をよそっていく。
アケミさんとモエギさんは、ご飯が大好きなので多めに。

用意されていた漬物と、ご飯を客間に運んだ。
「ご飯と漬物を持ってきました~」
「今日のご飯もおいしそうね!」
アケミさんが嬉しそうに言う。
「ね、おいしそう。あたしの漬けた漬物もおいしいわよ」
モエギさんもキャピキャピ。
「モエギさんの漬物、おいしいものね。楽しみ~」

「元気だねぇ」
柑野さんは、アケミさんとモエギさんを見ながら言った。
「「だって、私(あたし)たち若いもんね~」」二人の声が重なる。
たしかに、アケミさんもモエギさんも若々しい。
みんなで笑い、とてもにぎやかだな。
やっぱ、ここの食堂は好きだな。

僕は調理場に戻り、アオさんに声をかけた。
「他に何か持って行きますか?」
「じゃ、お吸い物をよそったから運んでくれる?」
「はい、持って行きますね。」
鶏のお吸い物。
三つ葉が見るからに爽やかだ。

お吸い物をお盆に乗せながら、「あ、箸を持っていかなきゃな」と、箸を人数分用意した。
「あ、飯田君。それを持っていたら卵焼きは私が持って行くから、客間で待っててね」
「はい、待ってますね」
汁物を運ぶ時は、とても慎重に。
僕は器用ではない。
こぼしたらせっかくのおいしい料理が台無しだ。
テーブルに置くまで丁寧に、慎重に。
「フ~」
よし、こぼさずに運べた。
お吸い物もさらにおいしそうで、みんな喜んでる。

僕は写真を撮る準備を始めた。
僕にはアオさんのご飯の写真を撮る役目がある。
漬物とお吸い物、ご飯を並べる。
あとは卵焼きが来るのを待つだけ。
準備が整うにつれ、食欲がわき出てくる。

「卵焼きお待たせ~」
アオさんが卵焼きを運んできてくれた。
その卵焼きの出来栄えは、ため息が出るほど、とってもきれいでおいしそう。臭いもいい匂いだし。
みんなが「わ~」と言って、ため息をつく。
アケミさんは「これこれ、私アオさんの卵焼き大好きなの!」とはしゃいだ。
三等分にぶ厚く切った卵焼きは、揺らすとプルプル。まるでプリンみたいに。
ふっくらして、出汁をたっぷり含んでいるのが一目でわかる。
密度ずっしり!
僕はアオさんの卵焼きをあなどっていたかもしれない…….!
母がお弁当に入れてくれていたような卵焼きを想像していたんだ。
母の卵焼きも好きだけど、出汁巻き卵とは嬉しい誤算。

僕はアオさんから卵焼きを受け取って、卵焼きの為に開けておいたスペースに卵焼きを並べた。

お昼ごはんのピースが、はまった。
今日も自分の空腹を頼りに、おいしい構図が見つかる。
ファインダー越しにも、料理の温度や柔らかさを感じる。
     パシャ!パシャ!

【今日の献立】
*卵焼き
*キュウリの漬物
*鶏肉のお吸い物
*炊きたてご飯

よし、見ている側がお腹が減るぐらいのおいしそうな写真が撮れた。
さて、どれから食べよう。
やっぱり卵焼きからいただこうかな。

卵に箸を入れると、ジュっと出汁がしみ出てきた。
自然にテンションが上がってくる。
いよいよ卵焼きが口にたどり着く。
ふわ~!
柔らかっ!
甘っ!
うまっ!
とろけるっ!

こ、これこそ、うまさの5連鎖だ…..‼
こういう時に「ほっぺたが落ちる」という言葉を使うんだっ。
出汁が口の中に溢れる。
みんな、それぞれに幸せそうな表情を浮かべている。
ご飯を一口たべる。
うん、おかずになる卵焼き。
僕は、甘い卵焼きが好きだ。
子どもに戻った気分になって、心が丸くなった気がする。

次に、キュウリの漬物をいただいてみる。
さっぱりしていておいしい。
ほどよい塩加減としょうがの風味が後を引く。
これだけで、ご飯一杯いけそう。

そして、鶏のお吸い物に手を伸ばし、汁を口に含ませる。
しいたけの香りと三つ葉の香りがハーモニーとなって鼻に抜ける。
きれいに澄んだ汁は、きちんと灰汁をとって丁寧に作られたのだろう。
ホッとする味。
鶏肉はしっかりした噛み応えがあって、満足だ。
お吸い物、最高っ。

みんな、至福の顔を浮かべながら黙々と食事をしている。
食事をするときはしゃべらないのが、『もらいもの食堂』のルール
アオさんに言わせると、
「食事中の唾液の役割としゃべる時の唾液の役割は違うから、食事中にしゃべると唾液の役割がちぐはぐになる」らしい。
たしかに言われてみれば納得できる。
食事中の唾液は「食べ物を消化したり分解したりする酵素」らしいし、しゃべる時の唾液の役割は「言葉の発生を生み出す役割」だから、「分解」と「生む」だと正反対の役割だ。
アオさんに言われるまでは気づかなかった。

食事を終えると、アオさんが立ち上がり、調理場へ向かった。
僕も食器を下げようと立ちあがろうとした時、アオさんが客間に戻ってきた。
「あ、メロン!」
僕は、想定外のメロンの登場に意表を突かれた。
「柑野さんが持ってきてくれたのよ」とアオさんが、僕にメロンが乗ったお皿を手渡した。
「おいしいといいね」
紺野さんは照れくさそうに笑った。
モエギさんは「あら、おいしそうよ。少し前に収穫して、柔らかくなるのを待ってたから。ちょうど良さそうね」とつけ加えた。
アケミさんは、アオさんが食べやすく一口大に切ってくれたメロンをフォークで刺して食べた。
皮から離れた果肉は、アケミさんの口の中へ。
「~んっ!甘くておいしいっ!」という表情を浮かべた。
アケミさんの表情は、とてもわかりやすい。
その顔を見ると、ますますおいしそうに感じる。

改めて【今日の献立】
*卵焼き
*キュウリの漬物
*鶏肉のお吸い物
*炊きたてご飯
*メロン

 ジューシーな艶、艶、艶‼
メロンの撮影をした後に、僕もフォークで、グリーンの果肉をつつく。
柔らかすぎず、固すぎず、なめらかな果肉…..‼
食事をして火照った体をクールダウンするかのように、ひんやりした感覚が口の中を漂い、たっぷりの果汁が体をうるおす。
甘みと爽やかさのバランスがちょうどい~!

みんなが食べ終わる頃、アケミさんがアオさんに話しかけた。
「アオさん、今日もおいしかった。リクエストした卵焼きも最高だった!」
「おいしくて良かった。」とアオさんも嬉しそう。
「アオさんは、どこかで料理を習ったの?」
「特に習ってないのよ。だけど、母の料理を食べたり、調理している姿を見てたら自然に作れるようになって。あと、どこかで美味しい物を食べた時は、なんとなく作り方がわかって似たような物を作れるような感じ。料理が好きだからかな」
「ほー、すごい才能!」
「料理しかできないのよ。…だけど、みんなに喜んでもらえて嬉しい」
アオさんは照れくさそうに微笑んだ。
「私、アオさんの料理大好き。こんなに幸せな気分になっちゃうもん」
アケミさん、僕もその気持ちすごくわかる。
アケミさんは、心が温かい素直な人だ。
本心と言葉が一致している、裏表のない人。
人の心を柔らかくする天才だと思う。

「また作ってね」と言って、アケミさんは帰っていった。
「アケミさんのその顔を見たら、どんどん作りたくなっちゃう。
また食べにきてね」とアオさんも手を振った。

さて、僕も帰るか。
この『もらいもの食堂』は、みんなそれぞれの『良さ』で成り立っている、お会計のない不思議な食堂。
持ちつ持たれつ。
ここに通い始めてちょっと経つけど、アオさんについて知らないことがまだまだあるな。
料理が好きだから、なんとなく作れてしまうのか。
すごいな。
でも、この感覚知ってる。
僕にとってのカメラと同じだ。
僕がカメラを始めた時、なんとなく撮り方もわかったし、なんとなくうまく撮れた。
カメラのことなら楽しくて、難しい事でも努力してやってるという感覚はなかった。
だから、どんどん上達して仕事の依頼もそこそこある。
アオさんも一緒か。
アオさんとの意外な共通点を見つけて、僕は嬉しくなった。

「飯田君、ご機嫌だね。」
モエギさんが、僕の肩を軽くたたいた。
僕は「ここの人たちはみんな素敵な人ですね」としみじみ。
モエギさんはハハッと笑って、玄関に向かった。
後ろから柑野さんがついていく。
「アオさん、ごちそうさまね」と二人はそれぞれの家に帰っていった。
「またね」とアオさんが見送る。

僕も柑野さんに続き「ごちそうさまでした」と玄関を出ると、アオさんはゆっくり戸を閉めた。

さて、家に帰って僕の好きなカメラの撮影データを確認しよう。


(もらいもの食堂 vol.2終わり)

*唾液の役割について
参考文献:「大転換期の後 皇の時代」P180~P182
著 :小山内洋子
出版:コスモ21



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