もらいもの食堂 vol.1
ここは、「もらいもの」だけで成り立っている食堂。
ここのお店の食事は、全部無料。
お金がなくても、食事をすることができます。
ただし、入店の条件は…食事の材料を持ってくること。
材料は何でも大丈夫。
釣った魚。
庭で収穫した野菜。
スーパーで残った肉。
鳥小屋で産み落とされた卵。
とにかく、どんな材料でも持って行けば、おいしい食事として提供してくれる。
この店の事を詳しく知らなければ、不思議な雰囲気で理解が難しい、
「もらいもの食堂」
もし、持って行ける材料がなかったら?
お店に入れるかどうかは店主しだい。
* * * * *
もらいもの食堂は、小さな看板がでているだけの民家を改装したお店だ。
看板の隅に 材料をお持ちください と書かれている。
僕は、その店の玄関の引き戸を開け、慣れた足取りで入って行った。
靴を脱ぎ、少し段差の高い上がりかまちを上がる。
調理場は奥の方なので、玄関を開けて入っても店主はまだ来客に気づかない。
以前、僕は店主に
「誰が入ってくるかわからないから、怖いんじゃないか?」と聞いた。
だけど店主は、
「ここの玄関に入れたのなら、悪い人じゃないから大丈夫」とあっけらかんとしていた。
調理場に辿り着くと、やっと店主が僕に気づいた。
「あら、いらっしゃい」
馴染みの笑顔で僕を迎え入れた。
店主は、アオと名乗っている女性だ。
見た目は40歳くらいだと思う。
小柄で品のある凛とした顔立ち
とても柔らかい雰囲気で、芯がしなやかである事が窺える表情。
趣味の着物を纏って店に出ることが多い。
一人でここに暮らしながら、一人でこの店を切り盛りしている。
なぜアオさんがこの店を無料でやれるのかというと、親の相続で土地と建物を貰ったからだと言う。
それだけの理由では、なんで無料で店が開けるのだろうと思ったが、アオさんがそう言うので、ここの客はみんなそれ以上の詮索はしない。
「今日は、ユウさんに金目鯛を貰ったの。煮つけにするね。」
アオさんはユウさんから貰った金目鯛を自慢げに見せてきた。
「立派な金目鯛だね。」
僕が言うと、アオさんは
「でしょ!できあがるの待っててね。」
と、嬉しそうに笑った。
僕は客間に移動して、料理が出来上がるのを待つことにした。
「やあ、飯田君」先に客間で待っていたユウさんが、僕に挨拶をしてきた。
「こんにちは。ユウさん。金目鯛すごいですね。今日は釣りに行ったのですか?」
「今日は大漁でね!いいのが持ってこれて良かったよ」
ユウさんはもともと漁師で、今は自分が食べる分だけの漁をしている。
僕と同じ、この店の常連だ。
「出来上がりが楽しみですね」
「こんにちは~」玄関が開くと共に、元気な声が聞こえた。
僕とユウさんが挨拶に応えた。
「柑野さん、こんにちは!」
「ちょっと荷物を運ぶのを手伝ってくれるか~。たくさん持ってきたから」
「はい。今、外に出ます」
僕とユウさんは靴を履いて、柑野さんの軽ワゴンに向かった。
「わ~、すごいたくさん!」
柑野さんの軽ワゴンには、30キロ入りの米が5袋と、キャベツや大根、
きゅうり、玉ねぎなどの野菜がたくさん積まれていた。
僕たちは、アオさんのいる調理場にせっせと運んだ。
「柑野さん、お米が欲しいなと思ってたの。野菜もなかったから、グッドタイミング!」
アオさんが嬉しそうに言った。
アオさんが欲しいと思った物は、なぜか誰かが持ってくる。
不思議だが、長年見ていると珍しい事でもなくなって、僕たちはそんな現象に慣れてしまった。
「そうだろう、そうだろう。俺もそろそろかなと思ってたんだ。」
と、柑野さんもご満悦。
「さっそくご飯を炊くから、待っててね。」
20分程たっただろうか。
ユウさんが持ってきた金目鯛の煮つけが出来上がった。
「おいしそうに出来上がったよ。」
「おぉ~!」
艶々で照りのある煮汁、大皿からしっぽがはみ出る程の大きさで、身が分厚いのが一目でわかる。
アオさんの料理は醤油が濃いめだから、今日の煮汁も多少黒いが、白いご飯に合いそうで、一気にお腹がへってきた。
「それとね、金目鯛のお刺身。」
肉厚で、身が締まった刺身が、
柑野さんが持ってきた大根がツマとなって、金目鯛の刺身をキラキラと演出している。
きゅうりの緑も爽やかなアクセントだ。
米が炊ける匂いがする。
僕は、刺身とご飯を一緒に食べる幸福を想像し、空腹がピークに達した。
しかし、食事を食べる前に、僕には仕事がある。
僕には、この食堂に持ってこれる物がない
ユウさんは魚を持ってこれるし、柑野さんは農産物を持ってこれる。
他のお客さんも、自分で作った物などを持ってきている
だけど、僕は魚も釣れないし、野菜も作れない。
本当なら、僕はこの店に入ることはできないはずだ。
でも、僕はお店に通う事を許された。
物を持ってこれないかわりに、僕は写真を撮ることができる。
アオさんが作った料理の写真を撮ることが、僕の役割となった。
運ばれてきた金目鯛の煮つけと刺身、それぞれをファインダーに収める。
僕の空腹が、煮つけと刺身のおいしい部分を探るセンサーとなって、自然と構図が決まる。
僕の食欲が写真に反映され、金目鯛も刺身も喜んでいるように見える。
そうこうしているうちに、ご飯が炊けた
アオさんが、茶わんによそったご飯を持ってきた。
炊きたての匂いと、湯気、ふっくら光り立つ米粒
そして、キャベツの浅漬けと玉ねぎのアラ汁!
食材自身も、持ってきたユウさんと柑野さんも喜んでいるのがわかる。
僕は、出来上がった食事を並べて、シャッターを切る。
パシャッ パシャッ!
【今日の献立】
*金目鯛の煮つけ
*金目鯛の刺身
*キャベツの浅漬け
*玉ねぎのアラ汁
*炊きたてご飯
撮影が終わると、アオさんが食事を取り分けてくれる。
一人ずつ公平に分ける。
ここでは、平等ではなく公平だ。
ユウさんは肝が好きなので、肝や目や頬を中心に。
柑野さんは、汁がたっぷりしみているのが好きのなので、煮魚の下側。
僕は、汁気はほどほどが良いので、煮魚の上側。
アオさんは、しっぽ側が好きらしい
不思議と、集まるメンバーで好きな部分や量がだいたいうまく分けられる。
ぐぅ~
僕の空腹はとっくに限界を超え過ぎている
みんな黙々と食べ始めた
まずは刺身から。
きれいな桜色。
ふっくらもっちりしていて嚙むごとに旨味が出てくる。
上品な脂に馴染んだ醤油が、ご飯のうまさを引き立てる
キャベツの浅漬けを一口間に挟み、金目鯛の煮つけにそ~っと箸を伸ばす。
さっぱりした口の中に、しっとりした白身。
濃甘の煮汁をほどよく含んだ金目鯛、想像の通りにすごいおいしい
ひたすら黙々と食べていると、玉ねぎのアラ汁の存在を思い出した。
夢中になり過ぎて、うっかり忘れてしまってた。
お椀を口元に近づけ、ズズッとすする。
あったかい。五臓六腑に沁みていく。
玉ねぎの甘みと、金目鯛の出汁がひたすら体に優しい。
味噌の加減もちょうどいい。
くたくたになった玉ねぎを一気にほお張り、汁を飲みほした。
空になった食器を見渡しながら、心の中で「今日もおいしかった~」と満足に頷く。
「ごちそうさまでした」
ユウさんも柑野さんも食事を終えた。
アオさんが作るご飯は、おいしい
料亭とか高級料理とか、そういう類のおいしさというより、ホッとする懐かしい感じのおいしさだ。
アオさんの料理は毎日食べても飽きない、むしろ毎日食べたい。
もらいものだけで作っているから、バランスが良いかどうかはわからないけども。
だけど作ってくれる物は、なんだかちょうど良い。
どれも絶妙だ。
この店のルールは、腹七分目。
うん、僕の腹は約束通りの、腹七分だ、よし。
え?なんでかって?
それはアオさんのルール。
この店には、色々なルールがある。
アオさんは、
「きっとこのルールを知ってて良かったと思う時が来るわ」
とほほ笑むだけ。
ぼくにはよくわからないが、この店のルールは心地がいい。
腹七分目になったし、自分の家に帰ろう。
今日もたっぷり眠れそうだ。
僕は玄関で靴を履き、アオさんに挨拶をした。
「今日もごちそうさまでした」
アオさんは「では、またね」と言って玄関を閉めた。
(もらいもの食堂 vol.1終わり)
*腹七分について
参考文献:「大転換期の後 皇の時代」P180~P182
著 :小山内洋子
出版:コスモ21
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