【皇の時代の視点で見る】スマホ母親刺殺事件

スマホの使い方をめぐり、13歳娘が母親を刺殺したというニュースが相次ぎ報道されています。
まずは、亡くなられたお母さんのご冥福をお祈りいたします。

この記事は、一度公開したのですが、
「人の死をこのような形で考察して良いのか」という不安が湧き起こり
すぐに下書きに戻しました。
この記事を公開することで、どのような影響が生じるかを考えるととても怖いです。

しかし、この事件が起きた原因を知らなければ、
同じような事件が繰り返されてしまうと感じたのです。
この事件は、誰もが犯してしまいがちなことが原因となっています。
今までは大丈夫だったことが、皇の時代に進むにつれ大丈夫ではなくなってしまうのです。

スマホを注意して、それだけで?
と思われる方が多くいらっしゃると思いますが、
これからは「それだけで?」が命取りになる恐れがあります。

みなさんを脅したい訳ではありません。
ただ、皇の時代に進むにつれ、皇の時代のルールを知らないでいると
取り返しがつかないことになってしまいます。

それを知ることで、みなさんの考え方や生き方のお役に立てたらいいなと思い、勇気を出して公開することにしました。

特に、子育て中の方には重い話題になりますが、
これからの時代の育児の在り方のヒントだと思って、参考までに読んでみてください。

※この事件の考察の大前提として
お母さんや娘さんを否定したり、非難するような意図はありません。
また、娘さんの人物像や親子関係は考慮せずに書いていますので、ご了承ください。


私はこの報道を聞いた時、時代を反映した事件だなと感じました。

今までも、ゲームをめぐっての殺人などがありましたが、
今回の原因がスマホということと、13歳の子が母を…ということがショッキングで、世間の注目を集めています。

スマホという、大人にとっては新時代のアイテム。
人体や人格にどのように影響するのかが未知な道具。
SNSという不特定で正体不明な社会。
インターネットの中で繰り広げられる閉ざされた世界。
大人も子どもも、スマホとのつき合い方って、本当に難しいです。
我が子もスマホを手にする時間が長く、これが将来にどのように影響するのか、母心としては心配になります。
そういう私自身も、気づいたらスマホを触っていたり...

さて今回、私が注目したのは
『母親が娘のスマホの使い方を注意したこと』です。

スマホばかりの娘が気になって気になって、心配と不安にかられたのでしょう。
一般的な常識から言っても、多くの時間をスマホにつぎ込むのは良くないように思われています。
スマホに熱中する原因を考えれば、トラブルが起きる可能性も考慮するでしょうし、
もし、娘が道を踏み外すようなことが起こりそうなものなら恐怖でいっぱいになります。
お母さんの心が不安で襲われたことが想像できます。
想像にすぎませんが、注意したくなる気持ちはわかります。

しかし、皇の視点で見ると『人の道に入ることはルール違反』
多くの方がやってしまいがちなのですし
お母さんを責められませんが
このお母さんは、娘を自分の価値観の道に入れようとしました。

皇の視点だと
『お母さんが娘にスマホの使い方を注意したのは、お母さんが安心したいから』
つまり、お母さんの価値観に合うように娘を注意しています。

私もこのように書いていて、胸が痛いのですが
「お母さんの価値観に合うように注意している」というのは、子育てにおいてよくあることです。
無自覚に、自分の思うように子どもを育てていることは多いと思うのですが、
自然は、『自分の価値観を人に強要すること』を許しません。
人には『絶対的自由』があり、『絶対的自由』を侵害することは許されないのです。

娘のスマホの使い方を心配するのは、娘への愛だと思われるかもしれませんが、自然は情と見ています。

愛は絶対的自由
情はおせっかいであり、愛に付いたゴミです。

この事件で言えば、
もし娘さんがスマホ依存で困っていてSOSを出してきた時に、
お母さんが助けてあげたとしたら、この事件は起きなかったかもしれません。
どんなにお母さんが助けたくても、娘さんがSOSを出す前であれば、おせっかいになってしまうのです。

お母さんには愛も情もいっぱい。
子どもの『絶対的自由』をすべて見守るというのは難しいですし、忍耐ばかりですが、
この事件からも察するように、皇のエネルギーが強くなっているのも感じます。

自然は、この事件を通じて
私たちに、親子の愛と情の違いを見せているのではないでしょうか。
特に、若い人や小さいお子さんたちは皇のエネルギーが強いので、
絶対的自由を制限されると窮屈さを感じるでしょう。

スマホの話題が出たので、まったく違う話題ですがもう一つ。

スマホ認知症というワードも昨今流行っています。
スマホ認知症とは、記憶力・集中力の低下や注意力の散漫、言語障害のような認知症と同じような症状が発生するということです。

皇の視点で見ると
皇の時代は、脳は使わず感性で生きると言われています。

最近、物忘れや集中力がなくなって悩んでいる方もいるかもしれませんが、そのような方は、もしかすると皇の時代に進んでいるのかもしれません。

今までの時代は、脳をフル稼働してしました。
思考がめぐり、考えたくないことも頭をぐるぐると支配していたり
常に頭を使っている。
そんな経験はないでしょうか。

この過渡期においても、脳を酷使している現代人が多いと思います。
そんななか登場した『スマホ認知症』
これは、脳を使わない為の工程なのではないかと私は考えます。
その視点で見ると、皇の視点ではスマホ認知症は必要なプロセスなのかもしれません。

ぼーっとしているのが一番良いのですが、
思考が頭をめぐりすぎる時は、スマホで思考を止めるのもあり。
全般的に言えることは、罪悪感を持たないということが大切ですね。


この記事は、小山内洋子さんの教えをもとに書いています。
皇の時代を詳しく知りたい方はこちらの本を勧めします。


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