6/13(土)

ぼくの街に、どういう現象かまったくわからないけれど、一か所だけ一日中お昼のように明るい場所がある。

昼のうちはまったく目立たないが、夜になると、ピンスポットが当たったようになっていて、神々しい。
ぼくの街の名スポットだ。

そんな絶好の場所に、一軒のお店がある。
それが「もだわコーヒー」というコーヒー専門店である。

よりによってこじんまりした入りづらい喫茶店…
いっそ神社とか立てた方がよくない…?
物珍しさにやってきた観光客は、もだわコーヒーの寂れ具合にガッカリして帰って行く。

たまに、せっかく来たし勇気を出して、店に入ろうとする観光客がいるが、扉は開かない。
もだわコーヒーは昼のみの営業なのだ。

全くひねくれた店だと思う。
どんな人が営業しているんだろう、と気になってお昼に行ってみることにした。

昼間は本当に目立たない。
意を決して、あせた紫色の木の扉を引くと、カラララ、とちっさなベルの音がした。
すると、中からチョビひげをはやした体格の良いおじさんが「いらっしゃい」と思ったより明るく出迎えてくれる。

もっと偏屈な人だと思っていたから拍子抜けする。
お冷とおしぼりが運ばれると、横にびったり付けられた。
メニューといっても、コーヒーとカフェオレしかない。
迷いようがないのだが、コーヒー540円であるのに対して、カフェオレは1900円となっていた。

さすがに高すぎる、という心の声を察知したのか、おじさんが前に組んでいた手をしゅっと組み直してから、
「絶ー対カフェオレ」
と言ってきた。

いや、あのでも、ちょっと、とへどもどしてると、
おじさんが顔を耳元に近づけてきて、
「ウチね、すんごいミルク使ってるの コーヒーとか霞むくらいのやつ」
どんな牛乳なんですか?
この質問でおじさんのスイッチが入ってしまった。

20分くらい一回も息継ぎせず話したおじさんの話をまとめると、
「単刀直乳」というめったに出回らない貴重な牛乳らしく、
牛のお乳を短刀の切っ先でつんつんした時にほんの数滴出てくるという幻の牛乳らしい。
まだどんな雑誌にもテレビにもネットにも載っていない知る人ぞ知る究極の牛乳だという。

そこまで言われたら断れまへんやん。
思い切って注文してみた。
おじさんは「はいちょっ!」と言って裏に消えて、トレーに乗せて2秒で出てきた。

一気に飲み干せと、銃を突き付けられたので一気に飲み干すと、
視界が一瞬で変わった。
どっかに飛ばされたのかと思った。
ぼくを中心にして、周りを様々な物が円を描いて飛んでいる。
平衡感覚がぐちゃぐちゃになり、ゲロを吐いてから、意識が飛んだ。

もしもし、もしもしと、揺り起こされる。
なんとか起き上がると、単刀直乳はなんか知らねーヤベー成分が入っており、台風の疑似体験をすることができる特別なドリンクなのだという。

先に言ってくれ、と思い、1900円しっかり払って出ると、夜だった。
時計を見ると、23時。

店の中はめちゃくちゃ明るかったので、気絶していたのはほんの数分だと思っていた。
一瞬で夜になった、時間をスキップしたようで面白く、もう一度店に入ろうとしたらカギがかかっていた。

いいなと思ったら応援しよう!