みんな違うから困ること
「みんな違って、みんないい」
最近では、「ダイバーシティ」という言葉が当たり前のように聞かれるようになりました。
「人間は一人ひとり個性があり、その違いにより強みも違うのだから、それぞれの人が異なる役割を果たして協力し合えばいい。」
そういう考え方は、私も賛成です。今までのように、全ての人を同じ方法で管理し、同じ基準で評価すること自体、もう今の時代に合わなくなってきています。
工業の世界でも、「大量生産」の時代は過去のものとなり、「多品種少量生産」という形に移行してきました。そして、それぞれの業界で個性が発揮され、自由な発想のもとに、新しいものが次々と生み出されるようになりました。
しかし、業界ごとに自ずと「標準」というものが出来上がってくるのも、また自然な流れであります。そして、業界別にそれぞれ異なる標準が出来上がった結果、より大きな枠組みで統合し直そうとすると、困ったことが起こるわけです。
●同じ電気でも強弱の違いがある
電気の仕事には、大きく分けて「強電」と「弱電」という2つのカテゴリがあります。ザックリ言うと、
強電:一般住宅で使用される交流100V以上の電気
弱電:通信で使用されている直流48V以下の電気
みたいな感じです。
主に、使う電圧で分類しているだけで、このカテゴリが違うと適用する電気の法則が変わるわけではありません。しかし、それぞれ適用される法律や規格だったり、慣習が異なることが多々あります。
強電はまず、「感電」「火災」といった災害を避けなければなりません。一方弱電は、それらの危険性よりも、「情報漏洩の防止」や「信頼性」が重要となるという違いがあります。なので、優先される事項が異なるという事はわかります。
しかし、最近は何をするにしても、「電力」と「通信」というのは欠かせないものとなっています。なので、両方をある程度理解していないと、仕事にならないことが多いのです。
ちなみに、私は両方とも仕事で携わってきましたが、その勝手の違いにかなり戸惑う事がありました。今回は、弱電の方のお話になります。
●弱電の中でも違いがある
さらに、弱電にもいろいろな種類があります。大きく分けると、以下の3つくらいになるでしょうか。
通信:古くはアナログ有線電話や、最新ではインターネットなどの光通信
計装:ビルや工場などで使われる、空調や生産機械の制御やセンサの信号
電子:家電や IoT 機器などの、マイコンやボードコンピュータ等の信号
最近は、IoT に対応した通信サービスがあったり、計装に IoT を取り入れたりしていて、徐々にボーダレスになりつつあります。しかし、それぞれ対象となるエリアの広さだったり、必要な信頼性だったり、予算規模などが異なるため、その中でベストな選択となる規格や機器が異なるのです。
そのため、例えばこれから IoT を始めようとすると、その違いをうまく調整するのに苦労します。今回は、計装と IoT で使うセンサ回路の違いを、例をあげて見てみたいと思います。
●センサの信号の違い
センサは、温度や圧力などの量を測定するものです。具体的には、
力をかけると抵抗値が変化する「ロードセル」
(カバー写真の右奥のアルミの物体)
や、
温度変化で抵抗値が変化する「測温抵抗体」
といったもの利用して、その大きさを電気信号に変換します。そして最終的には、それらを数値として取り扱えるようにするためのものです。
当然その材料や原理により、得られる電圧や電流といった、電気信号は異なります。しかし、センサによって信号がバラバラでは、その先で信号を処理する回路を、センサごとに変えなければなりません。
そこで、「重量」と「距離」のように、
測定する量が異なっても同じ大きさの範囲の電気信号出てくる
ように、規格に合わせて作られています。その規格が、計装と電子の業界で異なる事があります。
センサには、
「レンジ」と言われる「測定できる大きさの範囲」
が決まっています。そこで、計装で使うセンサは、
レンジの 0~100% に対して 4~20mA
と対応した「電流信号」で扱うのが標準となっています。これは、例えば工場などでは、センサの信号を送る配線の距離が長く、信号が途中で弱まったり、ノイズの影響で大きさが変わってしまったりしないようにするためです。
しかし IoT では、センサで測定する場所から、その信号を処理するコンピュータの基板までの距離は短く、その先はディジタル化されて無線信号で送信されます。それよりも、電池で駆動するため、消費電力を極力少なくすることが重要になります。
そのため、IoT で使用する回路の電源の多くは 5V や、最近では 3.3V と低くなっています。そして、センサの信号も、
0~100% に対して 0~5V または 0~3.3V
というような「電圧信号」になっているのです。
また計装の場合は、温度であれば、燃焼炉のように、非常に高い温度を扱ったりします。それに対して、IoT では環境や土壌の温度など、割と常温付近の狭い温度範囲を扱います。
そもそも、工場の計装と IoT では、かける予算の規模が違います。なので、センサの種類や精度も異なるものが使用されます。
●信号変換器の選定がポイントとなる
そこで、計装を IoT 化しようと思った場合、そのような違いを理解しておくことが、まず重要です。多くの IoT 向けセンサは、計装で使用されるセンサとは信号仕様や精度はもちろん、環境条件なども異なり、そのままでは使用できないケースがほとんどです。
そのため、センサ本体は計装用のものをそのまま使用したいケースが多くなります。そうすると、今度は信号の方を、 IoT 機器の仕様に合うように変換する必要が出てきます。
電流の信号を電圧の信号に変換する、一番簡単な方法は、抵抗を使う事です。例えば、4~20mA の電流信号を、最大5Vの電圧の信号に変換するには、
5V÷0.02A = 250Ω
という大きさの抵抗を入れれば、
4~20mA → 1~5V
という電圧信号に変換できます。
これだけだと非常に簡単な話ですが、丁度 250Ω の値で、しかも精度がいい抵抗は、少し特殊です。最近はそういう需要が増えたためか、抵抗値 250Ω で 0.1%の精度の抵抗も売られているようですが、1本だいたい 300円程と、普通に市販されているカーボン抵抗の10倍以上も高価なものになります。
なお、3.3V レンジに合わせると 165Ω が必要になりますが、その抵抗はもっと入手しにくいです。
●通信規格も違う
ディジタル信号の場合も、規格が異なります。
計装では、現場の制御盤にプログラマブルコントローラ(PLC)がついていて、そこに直接アナログ信号を入れるか、MODBUS という規格のシリアル通信で、情報を送るのが一般的です。
一方、IoT の場合は、有線なら I2C や SPI という通信規格、無線なら BLE で、マイコン等に信号を送るのが一般的です。本来、ディジタル通信は数値情報なので、データとしてそのまま使えるのが利点のはずですが、そこでも信号変換が必要になってしまうのです。
計装用センサを使う場合は、そこも理解しておく必要かあります。また、IoT用のディジタルセンサを使う場合も、SPI や I2C その他の UART に対応したものが混在しているので、注意が必要です。
最近まさに、工業用の測温抵抗体をIoTに使おうとして、なかなかその変換器が見つからずに、ちょっと難儀した事がありました。
既に他のセンサの値を、I2C のディジーチェインで取得している IoT システムかありました。そこに、測温抵抗体を追加したかったんです。
そのまま増幅して I2C 信号で出力してくれるデバイスが、あれば良かったのですが見つからず、AD変換の入力に余裕があったので、電圧信号に変換できるデバイスを探しました。すると、電圧信号に変換するデバイスが高級なものばかりで、予算オーバーなので廉価な 4-20mA に変換するデバイスを使用し、抵抗で電圧信号に変換して入力することにしました。
ちなみに、Pt100 の値を SIP に直接変換するデバイスはありましたが、マイコン周辺の回路とプログラムを大幅に変更しなければならないため、これは却下しました。
●一筋縄ではいかない部分がノウハウに?
センサの値を、コンピュータに取り込むなんていうのは、全然特殊な技術ではありません。しかし、新しいシステムを既存のシステムに適用しようとすると、今回あげた例のように、インタフェイスの調整が肝になります。
そこが、システム設計のノウハウと言えばそうなのですが、この部分は付加価値的な機能に直結するものとも言いがたく、非常に複雑な心境でもあります。人間が作ってきた不合理なシステムが、テクノロジの進化を妨げている事もあるのです。