それでも原子力をあきらめられない理由

 先日、WIRED でこんな記事を見つけました。

原子力発電所のメルトダウンは過去のものに? 新型原子炉が拓くエネルギーの新時代

 コロナ禍であまり話題が出ていませんが、未だ廃炉作業が難航する福島第一原発で起きた、核燃料のメルトダウン。原子炉の「燃料集合体」が冷却しきれず、融解温度に達してしまう現象です。

 現在原子力発電所として、最も多い「軽水炉」で使用されている核燃料は、メルトダウンを起こすリスクの大きさが問題視されています。ところが、今回開発されたこの燃料は、メルトダウンを起こす恐れが無いとされています。

●安全で高効率の「高温ガス炉」

 この燃料を開発した X-energy 社は、小型高温ガス炉「Xe-100」を開発しており、現在米国において、原子力規制委員会の検査を受けながら、各国への輸出を進めようとしています(以下、「原子力産業新聞」記事参照)。

 高温ガス炉とは、軽水炉のように水で冷却するのではなく、炭酸ガスやヘリウムガスで冷却します。燃料も、ジルコニウム製の被覆管に二酸化ウランのペレットが入っているのではなく、炭化ケイ素で被覆されており、本質的に安全な仕組みであるとされています(以下リンク参照)。

 日本でも、原子力産業そのものへの批判が大きいせいか、ほとんどメディアでの報道はされてはいませんが、原子力利用の研究は着々と進んでいます。さらにこの炉からは、高温のガスが取り出せるため、この熱を利用して水素を製造する研究も進んでいます(以下リンク参照)。

 「福島であれだけ大きな事故を起こしたのに、まだ原子力をあきらめていないのか!」

と憤慨する人もいるかも知れません。しかし、人類の、特に日本のエネルギ問題は待ったなしなのです(以下記事参照)。

 そして、再生可能エネルギに頼るとしても、そのエネルギ密度は小さく、やはり資本主義社会に普及させていくには、コストの壁が高く立ちはだかります(以下記事参照)。

 では何故、人類は原子力をあきらめられないのでしょうか。一つは、

「究極のエネルギである」

という科学的な探求心が大きいでしょう。

 人類は、生物については遺伝子を操作して、どんな生物を作り出す事も技術的には可能になりました。あとは、核分裂や核融合を制御して、物質やエネルギを自由に作り出すことが出来れば、もう神の領域と言っても過言ではない力を手に入れることになります。

 もう一つは、やはり得られるエネルギの大きさです。それは、具体的には以下の計算を考えてもらうのが良いと思います。

●原子力エネルギのスケール感

 ところで、電験三種の電力の問題では、何故か原子力に関する問題が例年出題されています。

 原子力発電所を想定しているとしたら、発電所からの送電電圧は500kVなので、第一種電気主任技術者の範囲であり資格内容との整合性が疑問なのですが、まあそれは置いておきます。

 その中でも、定番の問題として、以下のような問題をよく見かけます。昨年の電験三種の、電力科目で出題された問題です。

画像2

 この計算には、アインシュタインが示した「質量とエネルギの等価性」の有名な式

E = mc^2

を使います。

 ウラン235に低速の中性子を吸収させると、不安定なウラン236になり、いくつかの原子に核分裂すると同時に、中性子を放出します。また、分裂すると、「質量そのもの」の全体の約0.09%が、運動エネルギに変換されます。

 その運動エネルギが熱となって、軽水炉の水を加熱させます。従って、1gのウランが核分裂を起こすと、1g の 0.09% ですから、

1[g] = 0.09[%] × 0.01 ÷ 1000 = 0.0000009 [kg]

これに光速 3×10^8[m/s] の2乗を掛けると、

0.0000009[kg] × {3×10^8}^2[m^2] ÷ 1000 = 81000000[kJ]

これを、石炭の発熱量 2.51×10^4[kJ/kg] で割ると、

81000000[kJ] ÷ 25100 = 3227 [kg]

です。

多分この問題は、

 「なんとウラン 1g で石炭 3.2t 分もの発電ができるのだ!」

という事を主張したいのでしょうが、ウラン235の天然存在比は、0.72%です。そして核燃料は、これを約5%に濃縮した「低濃縮ウラン」になりますので、1gのウラン235を反応させるには、588gのイエローケーキが必要になります。

 それでも、核燃料の原料となるイエローケーキ1gは、約5.5kg分の石炭には相当します。燃料としては、かなり圧縮されている感じがしますよね。つまり、エネルギーの無い日本でも、ウランを沢山輸入しておけば、当面のエネルギ問題はしのげるという感じがするわけです。

 さらに、軽水炉でほとんど燃料にならないウラン238を、高速中性子によって核分裂して生成するプルトニウム239を混合した、MOX燃料として利用する「プルサーマル」により、原子力エネルギは「純国産」として期待されています。

(しかし、石炭火力のパワープラントとしての効率を45%、原子力発電所の効率を33%とすると、石炭燃料約4kg相当という事になります。さらに、「燃料棒」にして「燃料集合体」にして約250kg・・・ということを考慮すると、最終的にはどうなるんでしょうね。)

 その「持続可能性」には大きな疑問がありますが、エネルギ密度としては従来の燃料よりもはるかに大きい点と、これも一応

「燃える時」にはCO2を出さない

ので、非化石で地球温暖化防止に寄与すると言われています。

●高温ガス炉が切り札になるか

 現在の原子力利用技術には、まだまだ色々な問題がありそうですが、この

「トリン燃料」と「高温ガス炉」の組合せ

が小型原子炉を実現できれば、一気に状況は変わる可能性もあります。

 現在の原子力発電所は、安全上の理由から大型となり、スケールが大きくないとメリットが出ないプラントです。だから、原子力発電を利用すると、どうしても集中型の電力システムとなります。

 しかし、この高温ガス炉は「小型化」であるという新しい特徴があります。

 さらに、この「トリン燃料」が本当に安全であれば、発電所を大型にする必要が無くなります。つまり、安定した分散型電源が、容易に実現可能となるかもしれません。

 そして、燃える時はCO2を出さないというメリットもあります。

 原子力で2度も苦い経験をしている日本人にとっては、複雑な思いもあると思いますが、次世代エネルギの主役になる可能性のある、この技術に注目していきたいと思います。

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