『シャドウプレイ』

(2018年/中国)監督:ロウ・イエ
※東京フィルメックス2019 合評会向け作品批評
ロウ・イエ監督の作品には異郷の地で彷徨い自分の目的、若しくはそれを探すために必死に生きるエネルギーを迸らせる女性がたびたび登場する。その女性達は往々にして都会での孤独な生活の中で、そのエネルギーを男性への愛情に形作ろうとする。たとえそれが道徳的にはずれた行動であっても、彼女達は複数の、若しくは妻子ある男性との関係のために世間に体当たりで向かって行く。『天安門、恋人たち』のハオ・レイ演ずる北京の大学生は恋人の男子学生やルームメイトの女子学生へ愛情の火花を散らす。『パリ、ただよう花』のコリーヌ・ヤン演ずる中国人留学生はパリと北京を又にかけてそれぞれの地で男性との逢瀬を重ねていた。
『シャドウプレイ』は中国・広州の都市再開発の責任者殺人事件を若手刑事が追求する中で、汚職とその背後にある男女関係、もう一つの殺人事件が明らかになるという内容である。時間軸を前後する脚本とその基本に殺人事件の謎解きを配し、真相が明らかになるにつれ浮き彫りになる男女や肉親との軋轢という構成は最近作の『二重生活』と同様である。『二重生活』のようなタイプの作品においても都市で健気に生活するが、男性への愛情の方向性に悩み精神的に彷徨う女性というモチーフは見られた。それが、事件の理由付けと社会批判の要素として有効に機能し、『二重生活』をバランスの良いミステリー・メロドラマとして成り立たせていた。『シャドウプレイ』においてはそのバランスはそのままで、舞台となる再開発地域の問題、事件の裏にある女性達のドラマ、自分の都合に執心する男性達といったロウ・イエ作品の要素を全て揃えたうえで増幅させている。これにハリウッド映画並みの激しいアクションシーンを加えて娯楽としてのサスペンス・ミステリー映画に成立させている点が見事である。80年代末から2010年代までの30年間を激しく行きつ戻りつするストーリーは時に混乱をきたしてしまいそうになるが、監督が撮影場所に選んだ、最新のビジネス街に囲まれた昔のままの村という地域から現代の中国を描くという意図を考えると必然であろう。そして、女性キャストのその時代ごとのファッションや置かれた立場、メンタルの変化の描写が30年という年月に渡るそれぞれの女性達の流転を表していてロウ・イエ作品の特色を際立たせる。特にジン・ボーラン演じる刑事と恋仲になるマー・スーチュンが、家族と疎遠になり香港で一人ピンク色のヘアでコスプレの仕事に従事する姿は『ふたりの人魚』のジョウ・シュンを思わせ、作風の原点回帰的な描写が感慨深い。物語のキーになる役柄であると共に、一連のロウ・イエ作品のアイコンのような存在感を発揮していて魅惑的である。作品世界として都市再開発が重要な背景となっているが、その環境の中での人を描くことがテーマと言える。急激な経済発展の中で生じる社会や家族間の歪みといった問題を掲げながらも、作品の中心は女性と男性の間の愛憎のメロドラマでありそれ故起こる悲劇である。登場する女性達の生きる証明と言える愛情とそのぶつかり合いは暴力的な強烈さだが、より純粋さが際立ち、それが急激な時代の変化に翻弄され彷徨う様を描くことが監督の目的と思える。本作のメイキングドキュメンタリーである『夢の裏側~ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ』を見ると、監督の女性キャスト、他制作メンバーへの気遣いが分かり興味深い。制作陣がいかに人を大事にしているかうかがえ、トラブル対処もパワフルで前向きな現場チームや検閲との戦いのエピソード等、必見である。ジャンル映画的な興味からストーリーに見入り、登場人物達の過去・現在を目撃する内に急激な変化の中にある中国を感じ、そこで歪まざるを得なかった人間関係に切なさを感じる、そんな作品である。

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