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茶香炉の秋

先日、エッセイ漫画を読んでいてはじめて茶香炉と言うものの存在を知った。すぐに欲しくなったのでネットで注文して届いた。
思いのほか小さい手ごろなサイズだ。なるほど確かに茶を煎じて香りを楽しむと言う道具にそれほどの大きさは必要ないだろう。早速、茶を煎じてみると時間の経過とともに子供のころ嗅いだお茶屋さんのほうじ茶を煎じる香りがわずかながらしてきた。
幼少期の記憶はあまり多くないが断片的に覚えている記憶の中の一つの記憶が呼び覚まされる。そうか、香りと言うものは記憶に直結するものなのだ。聞くところによると硫黄の匂いが温泉の匂いと感じるのは日本人だけらしい。多くの外国人にとって硫黄は臭いのだ。
しかしこの茶を煎じる匂いと同様に多くの日本人にとっては温泉の記憶と共に、ああっ温泉地に来たと言う匂いに記憶が関連付けられているのだ。他にも松茸や納豆なども日本特有の香りであるかも知れない。
文化と香りはとても近いものなのかもしれない。
茶香炉の茶が徐々に茶色く色づいていく。
秋の日の何気ないひと時を茶香炉という道具が深みを与えてくれるように思える、温暖化が進む中で私たちの秋はいつまで私たちの文化として存続できるだろうか。。。いずれ秋そのものが消え去ってしまう時が日本に来るのかも知れない。
であればこそ、残された秋のひと時を今大事にしたい。私に残されたわずかばかりの幼き日の記憶のように。

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