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【長編小説】底辺JK vs 新米教師 #3
#3 教師として
=主な登場人物=========
〇田中 拓海:新米教師。初の赴任先が地元で有名の底辺女子高となり、ハードな教師生活のスタートとなる。生徒に翻弄されながらも、理想の教師を目指し奮闘する。
〇林 かれん:高校3年生。低学力と素行の悪さで底辺女子高に入学するも、優れた容姿と強気な性格、ずる賢さにより悪い意味で”高校の顔”とも呼ばれる存在になる。新しく担任となる新米教師田中を振り回すことに楽しみを見出す。
〇佐野 美里:田中の2年先輩の教師。お淑やかで優しく、可愛らしい風貌を持つ。職員室で隣の席に座る田中を、先輩として気に掛ける。
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3-1 美里先生
制服指導で完敗を喫し、生徒たちに笑い者にされた田中は、職員室の自分の席に戻ると、ため息をつきながら机に突っ伏した。慣れない戦場で心身ともに疲れ果てていた。
「……はぁ、早々にこれかよ……」
その隣で、書類整理をしていた女性教師がふと田中を見て、くすっと笑った。彼女は2年先輩にあたる佐野美里。小柄でふんわりとした雰囲気を持つ、どこか「可愛らしい」という印象の女性だ。
「田中先生、もう随分とお疲れみたいですね。」
田中は机から顔を上げ、声の主を見た。美里は優しげな笑顔を浮かべているが、その笑顔にはどこか「分かっている」風な余裕が漂っていた。
「えぇ……すみません。ちょっと、色々と手応えがなくて。」
「まあ、3年C組だもんね。」
美里は苦笑いしながらコーヒーのカップを手に取った。
「初日からあのクラスに本気で向き合おうとするなんて、田中先生、頑張りすぎだよ。」
「頑張りすぎ……ですか?」
美里はコーヒーを一口飲み、少し間を置いてから言った。
「田中先生、あの子たちは正論じゃ動かないよ。いくら正しいことを言っても、あの子たちにとってはただの『説教』にしか聞こえないから。」
「でも、それじゃ……どうすればいいんですか?」
美里は田中の問いに微笑みながら、まっすぐな瞳で言った。
「まずは、田中先生が『この人は信頼できる』って思ってもらうこと。正論よりも先に、心を開いてもらわないとね。」
「信頼……」
「そう。あの子たちもなにか事情を抱えてる子も多いからさ。大人に心を閉ざしてるんだよ。でも、一度信頼すれば、驚くくらい素直になることもあるんだから。」
美里の言葉は穏やかだが、どこか重みがあった。田中は彼女の言葉に耳を傾けながら、少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。
「佐野先生は、3年C組の生徒たちとも関わったことがあるんですか?」
「うん。私も2年前、少しだけね。でも、あの子たちのこと、まだまだ分かってないなって思うことばっかり。でもね――」
美里はカップを置き、田中を励ますように微笑んだ。
「田中先生なら大丈夫。少なくとも、あの子たちに真正面から向き合おうとしたんだから。それって、きっと伝わるよ。」
その言葉に、田中は少しだけ前を向く気持ちが湧いてきた。
「ありがとうございます、佐野先生。」
「ふふっ。そんなに気負わないでね。教師はマラソンみたいなものだから。焦らず、ゆっくりね。」
そう言って、美里は再び書類整理に戻る。田中は彼女の言葉を胸に刻み、もう一度、3年C組の生徒たちの姿を思い浮かべた。正論ではなく、信頼――まずはそこからだ。
「……まだやれることはあるはずだ。」
田中は小さく呟き、心の中で次の一手を模索し始めるのだった。
3-2 遅い帰宅
田中が自分のアパートのドアを開けた時、壁にかけられた時計はすでに22時を過ぎていた。部屋の中は暗く、外からの街灯の明かりだけが薄ぼんやりと差し込んでいる。
「……ふぅ。」
重たい鞄を床に置き、スーツのジャケットを脱いで椅子にかけると、彼はそのままベッドに倒れ込んだ。学校に遅くまで残り、明日の授業準備やクラス運営のプランを考えているうちに、気づけばこんな時間になっていた。
「信頼か……」
美里の言葉が頭の中でリフレインする。正論で動かない生徒たちにどう向き合えばいいのか――。答えはまだ見つからない。それでも、教師として彼らを変えるために何か行動を起こさなければならないという焦燥感だけが、胸の奥で燻り続けていた。
田中は冷蔵庫を開けるが、そこには買い置きのペットボトルの水と缶ビールがあるだけだ。缶ビールを開け、コンビニで買ってきたおにぎりを袋から取り出し、食べ始める。
「……もうちょっと要領よくやらないとな。」
ぼそりと独り言を呟く。自分の理想と現実とのギャップに、思わず笑みがこぼれるが、すぐにその笑顔は消えた。
頭の中には、挑発的に笑う林かれんと、それに同調し茶化す他の生徒たちの姿が浮かぶ。
「本当に、どうすりゃいいんだ……」
自分の無力さに嫌気が差しそうになる。それでも、逃げ出すわけにはいかない。彼女らの前で「諦める教師」になりたくなかった。
おにぎりを食べ終え、田中はテーブルに突っ伏したまま、しばらく天井を見つめていた。外からは遠く、電車の走る音が微かに聞こえてくる。
「……明日も、やるしかないか。」
誰に言うでもなく、そう呟くと、田中は重い体を引きずるようにして風呂場へ向かった。明日のために気持ちを切り替えるしかない――そう自分に言い聞かせながら、深い疲れを湯船に沈めていくのだった。
(この物語はフィクションです。実在する名前及び団体とは一切関係ありません。)