【長編小説】私がホス狂と呼ばれるまで #2
#2 依存
=主な登場人物=========
〇福井 玲奈:26歳OL。やわらかい雰囲気と幼い顔つきで、愛嬌に溢れている。順風満帆だった彼女の人生に転機が訪れてしまう。
〇島崎 廉也:ホスト。源氏名「レン」。高身長、鋭い顔つきと甘い言葉で店の一番人気。悪い意味でプロ意識が高く、内心では客の女性をお金としてしか見ていない冷たい性格の持ち主。
〇青木 透:玲奈の職場の先輩。玲奈のことをよく気にかけている。
=========
2-1 喪失と飢え
玲奈の財布は、もはや空っぽだった。ボーナス支給日までの残り一週間が、これほど長く感じられるとは思わなかった。
「また使っちゃった…。」
冷蔵庫を開けると、中には賞味期限切れの開封済み食パンとヨーグルトだけ。それを夕食代わりにして数日しのいでいるが、空腹からくる体のだるさは隠しきれない。
玲奈は携帯を手に取り、レンにLINEを送った。
「レンくん、今週は行けないけど、来週のボーナスが出たらまた会いに行くね。」
送信後、画面をじっと見つめる。既読の表示がついたのは1時間後だった。短い返信が来る。
「待ってるよ!」
それだけだった。普段なら、この言葉だけで十分だったのに、玲奈の胸の中には何かが足りないような虚無感が広がる。
翌日の昼休み、玲奈は先輩の青木透に声をかけた。いつも優しく接してくれる彼は、同僚たちの間で「玲奈に好意がある」と噂されていた。
「青木先輩、今夜ご飯でも行きませんか?」
突然の誘いに驚いた様子だったが、青木は笑顔で答えた。
「ホントに!?玲奈ちゃんから誘ってくれるなんて初めてだよね。玲奈ちゃんなにか食べたいものある?」
「焼肉食べ放題とか食べたいかも…?」
玲奈は作り笑顔を浮かべながら、自己嫌悪に苦しめられていた。
食事中、青木は玲奈を気遣うように話しかけた。
「最近、元気ないみたいだけど、大丈夫?仕事も少しミスが増えてるし、心配だよ。」
玲奈は曖昧に笑って誤魔化した。青木は優しかったし、会話も楽しいはずなのに、どこか物足りなかった。頭の中は、レンのことでいっぱいだった。
(私、何してるんだろう…)
青木は笑顔で「いいよいいよ!」と言いながら会計を済ませる。
家に帰った玲奈は、さっとシャワーを浴びて歯を磨き、布団に入った。
空腹は満たされても、レンが頭に浮かぶとなかなか寝付けない。
スマホを手に取り、LINEの画面を開くと、レンからの返信はあの日の短い言葉のままだった。
「待ってるよ。」
その文字が玲奈の心に突き刺さるように輝いている。
――レンは本当に私を待ってくれてるの?
疑ったところで虚しくなるだけだった。自分にはレンしかいないのだから。
2-2 すり減る喜び
23時。玲奈は空腹のまま布団の中でスマホを握りしめていた。ボーナス支給まで、あと1時間を切った。
「生活費を5万円。家賃が8万円。カードの最低返済額が…10万円…。それで残りは…」
頭の中で何度も計算を繰り返す。必要最低限の生活費を差し引いて、レンに使えるお金を弾き出す。自分でも滑稽だと思う――食事も満足に取れていないのに、生活より優先するのは彼の笑顔。
やがて時計の針が24時を指す。玲奈はスマホを握りしめ、通帳アプリを開いた。画面の残高には待ち望んでいた数字が表示される。
「¥300,465」
その瞬間、玲奈の心に安堵と高揚感が押し寄せた。
「これでまた会える…!」
玲奈は躊躇することなくLINEを開き、レンにメッセージを送る。
「レンくん!明日の夜、行けることになったよ!予約してもいい??」
送信後、既読がつくまでの数十分が永遠のように感じられる。画面が明るくなり、レンからの返信が表示された。
「了解、空いてるよ!待ってるね!」
それだけの言葉。それでも玲奈にとっては十分だった。
翌日、仕事を早々に切り上げ、玲奈は手持ちの中で一番きれいなワンピースを着てホストクラブへ向かった。久しぶりに感じる華やかな店内の空気に、心拍数が速くなる。
「玲奈ちゃん、久しぶりだね。」
レンが微笑んで迎える。相変わらずの優しい声と仕草に、玲奈は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「会いたかったよ、レンくん!」
自然と出た言葉に、レンはにこりと笑い、玲奈の隣に座る。その夜、玲奈は持参したボーナスの大部分を惜しみなく使った。高額なボトルを次々と注文し、レンの笑顔を独り占めすることで、1週間ちょっとでぽっかり空いた心の穴を埋めていく。
閉店後、一人で帰る道すがら、玲奈の胸に再び不安が押し寄せる。
「私、またこんなに使っちゃった…。でも、レンくんのためだから…。」
暗闇の中で、玲奈はふとスマホを取り出し、レンとのLINEのやり取りを見返した。彼からのメッセージの少なさが、なぜか彼との距離を感じさせる。
――私は、彼にとって何なんだろう。
冷たい夜風が、玲奈の頬をそっと撫でた。心に潜む虚無感が、少しずつ大きくなっていくのを感じながら、彼女はただ前を向いて歩き続けた。
(この物語はフィクションです。実在する名前及び団体とは一切関係ありません。)