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【怖い話】ホームに立つ影

旅の途中で訪れた地方の無人駅。男がその駅に降り立ったのは、ただの思い付きだった。紙の路線図を眺めていたら何気なく目に留まった駅、たったそれだけだ。

電車を降りると、夕暮れの中で遠くに人影が見えた。ホームの端に立っていたのは、制服姿のたぶん女子高生だった。彼女はふいに男に視線を向けた。男は反射的に目を逸らした。

改札は彼女のいる方とは反対側だった。男は背後にいる彼女のことが気になりながらも、わざわざ振り返ることはしなかった。もしまた目が合って、変質者のように見られるのも嫌だったからだ。


その時、不意に風に混じるようなか細い声が男の耳に届いた。


「私と遊ばない?」


男は、自分のような見ず知らずの中年男性に、あの女子高生がそんなセリフを言うはずはないと思った。彼女は誰かと電話でもしているのか、もしくは彼女を意識し過ぎたゆえの幻聴か、それくらいで片づけた。

それでもやっぱり気になった男は、改札を出た後、駅の外周をぐるっと回り、外からホームを見渡した。

しかし、彼女の姿はどこにもなかった。

わずか数分前にそこにいたはずなのに、ホームからは人がいる気配すら感じなかった。

不思議に思ったが、男はそこで気持ちを切り替えた。これ以上はいよいよ変質者と見分けがつかなくなると思ったからだ。


その後、男は当初の目的であるぶらり旅を始めた。この町は不思議なことに、都会で生まれ育ったこの男ですら、どこか懐かしい空気を感じる田舎町だった。


やがて日が完全に暮れ、男は帰宅しようとあの駅に戻った。夜の無人駅はさらに静かで、不気味と言わざるを得なかった。

夕方にこの駅に降り立った時の記憶を思い返しながら、ホームで電車を待った。

当たり前だが、彼女はいなかった。


電車の到着は、予定より2分ほど早かった。男は2両編成の後方車両に乗り込む。この車両には乗客はおろか、ワンマン運転のため車掌すらいない。
男は広々とした座席の真ん中に腰を下ろす。

電車が出発したと同時に、なんとなくスマホでさきほどの駅名を検索した。

それは検索候補の3番目だった。

男にとっては予想外でもあり、ある意味では予想通りでもあった、その言葉が駅名の後ろにあった。

一拍置いて男の全身に悪寒が駆け抜けた。

すぐさまスマホを閉じ、後方の窓越しに、遠ざかる駅を見つめた。

小さくなったホームの薄暗い蛍光灯の下で、誰かがおそらくこちらを向いて立っていた。

男は息を呑んだ。
目を逸らし、人を求め、慌てて車両を移動した。


前の車両に移るが、ここにも乗客はいない。

ただ、もちろん運転士はいたので、乗務員室のすぐ後ろの席に男は腰かけた。

とにかく近くに人がいるというだけで安堵する。


だが、男はふと運転士の後姿を見る。

暗い乗務員室の中でも、艶やかな髪と華奢な体型から女性であることは分かった。


ただ、気になったのは運転士の制服だった。

暗くて見えにくいが、下半身はミニスカートを着用しており、とても鉄道会社の制服には見えない。

「そんな……!」

男はまた目を逸らし、震えた手で握りしめている真っ暗なスマホ画面を凝視した。


少し落ち着きを取り戻した男は、もう一度、乗務員室に目をやった。

運転士はまるで死んでいるかのように、座って真っ暗闇の前方を向いたまま微動だにしない。


速度メーターの針だけ動き続けていた。



(この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。)

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