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【長編小説】私がホス狂と呼ばれるまで #1
#1 光か闇か
=主な登場人物=========
〇福井 玲奈:26歳OL。やわらかい雰囲気と幼い顔つきで、愛嬌に溢れている。順風満帆だった彼女の人生に転機が訪れてしまう。
〇島崎 廉也:ホスト。ホスト名は「レン」。高身長、鋭い顔つきと甘い言葉で店の一番人気。悪い意味でプロ意識が高く、内心では客の女性をお金としてしか見ていない冷たい性格の持ち主。
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1-1 愛の代償
福井玲奈は、26歳のOL。小柄な体型とふんわりした笑顔で職場でも人気者だった。日々の仕事も恋愛も順調そのもの――そう思っていたのは、ほんの半年前までの話だ。婚約者の亮太が結婚詐欺師だったと知ったのは、ある夜、彼が姿を消してからのことだった。
口座には記憶の無い赤い数字が並び、亮太への信頼と共に玲奈の心も崩れ落ちた。警察への相談も、家族や友人の慰めも、玲奈の傷を癒やすには程遠かった。自分が騙された事実を認めるのも辛く、誰も信じられなくなっていた。
そんなある日の夜、ふらりと立ち寄った繁華街で、玲奈はふと目を引かれた。煌びやかなネオンに彩られた建物の入り口で、一人のホストが微笑みかけている。派手なスーツを着こなし、女性に甘い言葉を投げかけるその姿には、不思議な力があった。玲奈の足は、気づけばその店の扉を押していた。
店内は、外の喧騒とはまた違う輝きに満ちていた。煌めくシャンデリア、シックなソファ、そして甘く響く笑い声。その中心に立っていたのは、「レン」という名のホストだった。長身で端正な顔立ち、鋭い瞳。彼の存在感は、店内の空気を支配していた。
初めてレンに接客されたとき、玲奈は思わず彼の言葉に引き込まれた。
「君みたいな素敵な女性が、どうしてここに来たの?」
その声は優しく、それでいて玲奈の心の奥を見透かすようだった。
それ以来、玲奈は足繁くその店を訪れるようになった。レンに会うたび、玲奈の心は少しずつ癒やされていくように思えた。失ったはずの自信や、忘れていた感情が蘇る。しかし、その一方で彼女の胸には、不安が芽生え始める。
――これは、本当に救いなのだろうか。それとも、破滅への一歩なのか。
玲奈は気づかない。レンの笑顔の裏に隠された秘密。そして、自らの傷ついた心がどれほど深い闇を孕んでいるのか。運命の糸が絡み合い、玲奈は再び愛と欲望の狭間で揺れることになるのだった。
1-2 底なし沼
「玲奈ちゃん、本当に大丈夫?顔、真っ赤だよ。」
レンの心配そうな声に、玲奈は顔を横に振った。もう何度目かの乾杯の後、グラスを持つ手が少し震えているのに気づきながらも、笑顔を作る。
「平気だよ。だって、レンくんと一緒なら、いくらでも飲めちゃう。」
玲奈の頬はすでに熱を帯び、頭がぐらぐらと揺れるような感覚がする。それでも、レンの柔らかな微笑みを見ていると、体の重さや疲れはどこかへ飛んでいくようだった。
それがどれだけ無理をしているか、玲奈自身も薄々気づいていた。もともとお酒が得意ではない彼女にとって、毎回数万円のボトルを開けるのは相当な負担だった。それでも、「玲奈ちゃんが来てくれると嬉しい」と言うレンの一言が、何よりの報酬だった。
しかし、その生活は玲奈の日常を少しずつ侵食し始めた。
翌朝、玲奈は強烈な頭痛とともに目を覚ました。寝坊したことに気づき、慌ててベッドから飛び起きる。乱れた髪を整える暇もなく、バッグを掴んで家を飛び出した。
オフィスに駆け込んだ玲奈を見て、同僚の美穂が眉をひそめる。「玲奈、大丈夫?最近ずっと顔色悪いよ。」
玲奈は曖昧に笑ってごまかした。
「…あ、いや…大丈夫!」
実際、仕事中もぼんやりとしてしまうことが増え、上司から注意されることも多くなっていた。それでも、夜になると体を奮い立たせ、レンに会いに行く。それが玲奈にとっての唯一の救いだった。
「レンくん、今日はどんなお客さんと話したの?」
「玲奈ちゃんだけに教えるけど、今日も玲奈ちゃんが一番可愛かったよ。」
その甘い声で、玲奈はどんな不安や疲れも忘れることができた。まるで魔法のように。
だが、魔法の副作用は大きい。玲奈のクレジットカードの請求額は、月を重ねるごとに膨れ上がり、亮太に持ち逃げされた分も合わせて、貯金は底をつきかけていた。
「まあ、もうすぐボーナスもあるし…」
そう自分に言い聞かせながら、玲奈は再びレンにLINEして予約を取った。レンに会えない日々なんて考えられない。彼の笑顔を見るためなら、どんな犠牲も惜しくないと思っていた。
だが、その夜、店を訪れた玲奈は、心に小さな刺が刺さるような光景を目撃する。レンが、他の女性客に同じように微笑み、耳元で何か囁いていたのだ。
「…私だけじゃないんだ。」
その瞬間、玲奈の心に押し込めていた不安が一気に溢れ出した。レンを信じていいのか?それとも、これはただの虚構なのか?
玲奈はそれでもグラスを傾け、レンの笑顔にすがりついた。この関係を手放したくない――それがどれほど危ういものだとしても。
1-3 微笑みの裏側
ホストクラブのバックルーム。煌びやかな店内とは対照的に、簡素な控室で島崎廉也――ホスト名「レン」は、スマホの手帳を開いていた。そこには細かく記録された顧客リストが並んでおり、その中でも「福井玲奈」という名前のページは特にぎっしりと書き込まれていた。
(玲奈さん、昨日は結構飲んだな。これで今月の売上は十分だけど、そろそろペースを落としてもらわないと持たないかもな。)
廉也は冷静に、そして無感情で考える。表では甘い笑顔を浮かべながら、心の中では常に計算していた。各顧客の経済力、心の弱点、好きな言葉――そのすべてが彼の頭の中で完璧に管理されていた。
玲奈はここ半年で最も「使える」客として育ってきた。経済的には余裕がなくなりつつあるが、彼女の依存心は日に日に強くなっている。適度に愛情を注ぎつつ、破滅しないように管理する――それが廉也のスタイルだった。
「福井玲奈、26歳、OL。詐欺に遭ったことで心に傷を負い、誰かにすがりたいと思ってる。典型的な太客候補だよな。」
廉也は自分の記録を見返しながら、次にどんな言葉を投げかければ玲奈がさらに夢中になるかを考えていた。彼女は分かりやすくても甘い言葉に弱い。でも、他の客への嫉妬心を煽って金を引き出すにはまだ早い。
「今夜は、少し特別感を出すか。」
そう決めると、廉也はスマホを閉じ、控室を出た。扉の向こうには、彼を待つ玲奈がいた。
「レンくん、今日も忙しかった?」
玲奈が嬉しそうに声をかける。少し頬を赤らめ、レンを見るその目は完全に信頼に満ちていた。
「玲奈ちゃんに会いたくて、忙しい時間もあっという間だったよ。」
廉也はそう言って優しく微笑む。テーブルの上に手を置き、玲奈の手の甲にそっと触れた。その仕草だけで、玲奈は目を輝かせる。
「本当に…?私だけ?」
玲奈の声に、少し不安の色が滲むのを感じ、廉也は心の中で笑う。これ以上追い詰めると逆効果だ。彼女を手放さないためのバランス感覚が必要だ。
「もちろん。玲奈ちゃんだけが特別だよ。君が来てくれる日は、どんな疲れも吹き飛ぶんだ。」
その言葉に玲奈は安心し、また一つ高いボトルを注文する。
「レンくんが喜んでくれるなら、何でもしたいの。」
廉也は心の中で冷静に計算する。このペースなら、彼女の限界まではあと数ヶ月。だが、その頃には他の太客も育ち始めているだろう。玲奈を完全に失う前に、次の「ターゲット」へシフトする準備は怠らない。
一方、玲奈は自分の中の小さな違和感に気づかないふりをしていた。「私だけが特別」という言葉を信じたい。レンの笑顔を自分だけのものだと思い込みたい。
しかし、廉也の微笑みの裏には、彼女が知らない計算と冷徹な現実が隠されている。
玲奈がその事実を知る日は来るのか。
それとも、彼女はこの虚構の甘い夢に溺れ、窒息するのか――
(この物語はフィクションです。実在する名前及び団体とは一切関係ありません。)