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【短編小説】そういう可能性が高いと思われます(約1400字)
大阪のとあるビルの一角に、小さな法律相談所があった。
そこには、どんな質問にも慎重に慎重を重ねて答える弁護士・曽我部慎一がいた。
彼はとにかく間違いたくないという気持ちが強く、それゆえに言葉を慎重に選びすぎるあまり、クライアントから「結局、何が言いたいのかわからん」と評判だった。
そんな彼のもとに、今日も新たな依頼人が訪れた。
ドアを勢いよく開け、ずかずかと入ってきたのは、ピンクのヒョウ柄の服に大ぶりなイヤリングが目立つ典型的な大阪のおばちゃん・木本春代である。
「先生、ちょっと聞きたいことあんねんけど。」
「え、ええ、どうぞ。…あ、お座りください。」
既に春代は椅子にどっしり腰を据えていた。
「うちの隣の家な、庭にアホみたいにでっっかい松の木ぃ生えてんねんな。それがうちのとこまで伸びてきよって、葉っぱやら枝やらボロボロ落ちてくんねん。コレあかんのちゃうのん?」
曽我部は目を閉じ、頭を整理しながら絶対に間違えていない文章を組み立てる。
「ええと……それはですね……一般的な解釈としては、隣地の樹木が他人の敷地に侵入することは民法233条に基づき、一定の条件下では枝を切ることが認められる場合がございます。」
「ほう。…んで、切ってええんかいな?」
「……そうですねぇ……そのような判断がなされることもあり得ます。ただし、隣人との関係性や裁判例によっては、異なる解釈が……」
「いや、だから切ってええんかいな?」
「……切ることが認められる可能性が高いと思われることがあります。」
「なんやそれ!? 『可能性が高いと思われる』ってアンタ何一つ断言してへんやないか!? そんな返答やったらうちでもできるわ! たっかいカネもろとんねやろ? もうちょいシャキッと答えられへんのかいな!?」
「……んー…そ、そう言われましても……ケースバイケースかと……」
春代はギロリと曽我部をにらんだ。
「なぁ先生、これまでによーさん見てきたんやろ?」
「え、ええ、まあ……」
「ほな、今回のとおんなじようなんもあったんやろ? そん時どうしたんか教えてぇな?それだけのことやないか。」
「うーん……確率論的には、比較的そのような方向性が導かれることが一般的かもしれません……が、断言はできかねます。」
「あんた誰と会話してんねん。会話成り立ってへんで?」
「…も、申し訳ございません……。ですが、法律というの…」
「もーそれ分かったから! んじゃこれこのまま裁判起こして、ほんならうち勝てるんか?」
「……勝訴する可能性が高いと考えられる余地があるかもしれません。」
その言葉を聞いた春代は呆れ顔で「はぁ」とため息をついた。
「…いや、先生…ほんまええ加減にせなアカンで…。もうええ! うち勝手に切るで!ええねんな!?」
「そ、それはですね……民法234条により、原則として自分で切ることは違法となる可能性が否定できません……」
「は?勝てる可能性が高いんやろ!ほんなら切ってもそない問題にはならんやろ?」
「…で、ですので、あくまで 適切な手続きを踏めば という条件が……」
「ええ加減にせえ!!もうちゃう人に頼むわ!」
春代は顔を紅潮させたまま立ちあがり、部屋を出ようとする。そして別れ際に一言、春代は置き土産を吐き捨てた。
「あんた、もしかしたら弁護士向いてない可能性が高いかもわかりませんな。」
終わり
(この物語はフィクションです。実在の人物・体・事件などとは一切関係ありません。)