K's新卒2年目、鬱病の一歩へ~発症直前まで
最近は番外編ばかりで脱線気味だったので、ちゃんと本編へ路線を戻します。でも、現在進行形で何かあればその度にシェアしていきたいので、これは何卒ご容赦ください笑
さて、前回の【小売奮闘記編】の最後で、運営の本部長より、運営本部への異動内示が出たK's。これからどんな毎日を送ることになるのか、ここが書いてて2番目くらいに辛いですが、過去の記憶を昇華させる為にも、綴っていきますね。
去年の4月3日、初出勤の日となりました。棚にあるスリッパに履き替え、そのドアを開けました。3月中旬に挨拶に行った時にも感じた鬱屈とした雰囲気。ですが部署内はバタバタとしている。どうやら店舗でトラブルがあったようでその対応に追われていました。私は挨拶もそこそこに用意されたデスクに座り、放ったらかしにされていました。結局その日は何も業務命令されることなく、上期と下期に各社員が作る目標シートを記入する、という仕事を自分で課し淡々と取り組んでいました。
※私が配属された運営本部は、本来なら、店舗で店長などまで勤めあげた人が異動して来る所で、私のようなぺーぺーが来るところではありませんでした。この時点は私は肩身が狭い思いをしてました。
次の日からようやく仕事が振られるようになり、店舗の売上をエクセルに入力したり、慣れない会議にリモートで出席したりしました。ですが、私は自身をPCも碌に出来ない無能と自覚しているので、エクセルの扱い方から直属の上司から逐一教わったりしていました。今振り返っても、面倒な部下だったろうなぁと思います。
その後も同じような単調な仕事の繰り返し、まぁデスクワークってこんなものだろうなとは想像してましたが、肉体的よりは精神的に疲れる日々でした。土日祝休みだったのは有難かったですが、よく考えれば週5日の勤務が2,3日で取れるわけ無いですよね。ここら辺から、少しずつ鬱っぽい状態が溜まっていってたと思います。
7月頃、上司の上司(A)より、私がメインで進めるプロジェクトを担当するよう命令がありました。既にフォーマットは軽くありましたが、そういった経験がない私にとっては白紙のキャンバスに絵を描くのと同じこと。とてつもない難易度だと感じていました。そこから、社外のプロジェクトを一緒に行う担当者と一緒に準備を進めて行きました。分からない事は質問してくれとAからありましたが、それなりの役職の人だったのでデスクに座っている方が珍しく、聞きたくても誰にも聞けない日々、時たまいる日に質問したら、『何で早く聞かないの?』と叱責される。じゃあなんで俺に任せたんだよ、と心内で愚痴を吐いていました。プロジェクトがローンチしたら仕事辞めてやると考えるようになりました。
そこから約1ヶ月、プロジェクトは予定通りローンチまで持っていくことが出来ました。部署内というより、共同でプロジェクトを進めてくれた社外の担当者様が一番力になってくれました。その方がいなかったら、プロジェクトは途中で頓挫していたかもしれません。
①プロジェクトが無事ローンチしたこと
②部署内の鬱屈した雰囲気
③質問を聞きづらい環境
④肩身が狭い思いをし続け自分の自分の感情を溜め込んだこと、やったことの無い事を質問したら遅いと何度も叱責されたこと
これらが重なり、プチンと糸が切れ、気が付いたら心療内科を調べていました。何ヵ所も電話しましたが、どこも何ヶ月待ち。そしてようやく、今現在も通っている心療内科を受診する事が出来ました。
上記の①~④のこと、それに伴う心身の様々な症状(動悸、食欲不振、不眠等)を色々伝えたら、『鬱病です』と教えられました。その場で診断書を書いてもらい、翌日運営本部へ提出、その翌日から仕事を休むことになりました。この時は、約1ヶ月半の期限で、10月から復帰するつもりでした。ですが、一番最初の投稿でお伝えした通り、翌年3月中旬まで、約7ヶ月休むことになります。
次回からは、約7ヶ月の間休んでいた時何をしていたのか、それを書いていきます。思い出すのが一番辛い時期です。
では、また書きます。
That's Life.