何ができるかが大事だなんて考えは捨てちまったさ
本当に必要としているのはいつだってその人そのもの
ギタリスト北島健吾です。
グループで作業をしたり、バンドを組んだり、
いろんな経験をした中で思うことがあります。
一般的な会社員とは違うのでみんなに当てはまることではないかもしれませんが、
なんだかんだで人に何かを頼むときって『できなくても頼む』んですよね。
『その人にやってほしい』って言うある種のわがまま。
どうにもならないくらいの信頼なんですよね。
だってその人に頼まなきゃ『その人がやってくれたことにならない』じゃないですか?
人間そのものって代用が効かないんですよね。
付加価値だったりスキルそのものだったりで評価されてるって思うこともありました。
実際自分が一企業の社長だったらあれもこれもできる自分を雇いたいと思う。そう思っていました。
でもね、スキルがクソ高くて器用な人と「一緒に飯が食いたいか」っていうとそうでもないんですよね。
で、どうするかって言うと
ぼくの場合は飯食ってみて話が合う人にお任せしたいんですよね。もちろん飯関係なく普段の行動見てて親近感わいた、とかでもいいです。
なんでそうなのか。やっぱ自分がテンション上がる時がどんなときか?スイッチの入れ方を研究したとき、自分が好きな人に囲まれていたいんですよ。
当然の欲求です。
仕事しかできない人って最悪ロボット開発進めば要らなくなる。
でも、ロボットって一緒に飯食ったりロボットの話したりジョジョの話したり、
チンチンとかウンコとかどうでもいいことを言ったりしても器用に返してくれない気がするし、、、温度感なさそうだし。
返してくれてもそいつの幸せを願う気持ち向けにくいと思うんですよね。
ロボットだから。愛せても幸せがあるかわかんない。
あ、話飛びますね。
めちゃくちゃご飯作るの下手くそなお母さんがいたとして。
でも、お母さんがご飯作ってくれることって、お母さんじゃないとできないじゃないですか?
そりゃ価値観の中に美味いか不味いかしかない人は理解できないかもしれないけども、、。
若い頃の話ですが、
母がぎっくり腰で動けない時に、初めておにぎりを握ったんですね。
寝っ転がってうごけなかったけどお腹すいてる。。かわいそう。。
手で食べれる物の方がいいじゃない?
そう思って、おにぎり作ったんですよ。
誰でもつくれるサランラップ方式。塩加減も慣れてないけども、不味いもの作ってもありがとうが生まれるんですね。
息子がなんかしてくれたってことに意味があったのかもしれない。
そう思いました。
これ、ロボットだったらありがとう言いにくいじゃないですか?どうだろ。あと商品だった場合ね。コンビニだったら美味しくて当たり前とか思っちゃいそうでこわい。
何も自分の自信になるスキルがないから役に立たないんじゃないか?
自分自身に付加価値がないとみんなそのうち自分のことを期待してくれなくなるんじゃないか?
そういう風に、
誰かに確認できるわけでもない自己否定の妄想が入ってしまうと何も面白くないと思います。
とりあえず、おにぎり握ってみればいいじゃん。
まずはそこからだよ。
さらに全然関係ない話しますね。
パセリってあるじゃないですか?
フライドポテトとかの横にくっついてる生パセリ。
あれって、食べますか?
ぼくは食べないことがありますね。
でも、パセリってパセリが人を幸せにする能力をもっているって言うよりは、
パセリにいてもらうことに価値がある感じするじゃないですか?
パセリ的になったっていいと思うんですよね。
なんかいないと寂しいやつ。いるじゃないですか。別に何かこれと言って役に立つとかそういう基準じゃないんだけど、なんかいて欲しい人。
そもそも、友達とかと遊んだりなんかする時にメリットばっかり考えてたらつまんないしね。
解決先どこ??(笑)
とりあえず、自然体で生きて来た中で、あんまりスキルとか関係なかったなっていう話でした。もちろん自分はこれからも多岐にわたりたいですけども、、、
多岐だけじゃ意味ないですからね。面白そうな感じ漂わせたいです。