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甦れ、リーチ超人。村上淳のMリーグ復活はあるか。

リーチ超人

「リーチ!!」

静けさの中に響き渡る、大きな発声。

魔王、ゼウス、最速最強、卓上の暴君、卓上の魔術師、麻雀IQ220、小さな天才、天衣無縫…

「通り名」をもつ数多の麻雀プロの中でも、彼ほど「名は体を表す」を地で行く人物も居ないのではないだろうか。

リーチ超人、村上淳。

早稲田大学在学中に最高位戦日本プロ麻雀協会に所属、現在に至るまで同団体に籍を置き、赤坂ドリブンズの選手として2018年から2023年の6シーズンの間活躍した選手である。

雀風は積極的に和了を目指す面前派。
上記した立直時の大きな発声と、オカルト否定派ではあるが力の入った自摸が特徴的な選手である。

2025年2月現在、村上の去ったドリブンズは首位をひた走り、今ではプラスポイントがトータルで1000に届くか否かということが話題に上がるなど、まさに破竹の勢いを誇るチームとなった。

Mリーグ初年度こそ優勝を遂げたドリブンズであったが、特に村上のラストシーズンとなった2022-23シーズンのドリブンズは、これでもかという逆風に晒されていた。


2022−23シーズンの赤坂ドリブンズ

効果的な副露を駆使し、躱し手と勝負手を使い分ける園田賢。
強欲に高打点を追求し、対局者に特大の一撃を見舞う鈴木たろう。
格上にも退かず、度胸ある選択で食らいつく丸山奏子。
面前で手を進め、その立直で周囲を止める村上淳。

本来ドリブンズにとって大きな推進力となるべき4人の長所が、あのシーズンでは全くといっていいほど機能せず、遂には「1日1トップ」がセミファイナル進出への合言葉になるなど、厳しい状況であった。

今では、立直を掛ければ自らの当たり牌をホイホイ引いてくる印象のあるドリブンズだが、その真逆、立直後には他家の当たり牌を引かされ副露すれば他家に絶好牌が流れ、避けようのない状況で超危険牌を持ってきた。

特に赤坂ドリブンズというチームに興味も無く、同様に村上淳選手にもさほど好意の無かった筆者であるが、今日に至るまで忘れることのできない、私の記憶に深く刻まれた一戦がある。

四暗刻単騎、深すぎるトンネル

「リーチ」

あの日、その声を発したのは村上ではなく、その下家に座るEX風林火山所属、二階堂亜樹選手だった。

2023年2月14日、第二試合の南一局・二本場。

9巡目、五筒を曲げて立直を掛けた亜樹の手牌には、既に暗刻が4つ。

九萬の待ちを取る、四暗刻単騎だった。

亜樹の当たり牌、九萬を暗刻で持っていたのが、親番の当時セガサミーフェニックス所属、魚谷侑未選手。

「あの場況では、あれこれこねくり回すよりも立直した方が出やすい待ち。九萬で和了りたいから、立直をかけました」と亜樹が後に振り返ったその狙い通りに、亜樹の捨て牌にあった六萬のスジでもあり、自分の手牌に3枚残った九萬を魚谷が捨て、四暗刻単騎、32,000点の放銃となった。


魚谷を討ち取った亜樹の四暗刻単騎

この結果は「亜樹の役満成就」と、もう一つの側面があった。
「”また今日も”、村上のトップが絶望的になった」ことである。

当時のシーズンで、村上は上記の試合までに18戦出場し、トップ獲得は0。つまり、未だトップ獲得の無い、深い闇の中にいた。

楽屋のベンチに崩れ込んだ

その前の試合でも、自身のやりたいことと現実に起こっていることが乖離し、勝負手を潰され、引き合いに負け、親番では他者の自摸で点数を奪われ、これでもかというほどの「理不尽」で、「完膚なきまでの」敗北を喫していた。

試合後村上は楽屋に戻ると、「もう本当にごめんなさい…何でこんなことになるんだろう…」と声を発すると、ベンチシートに涙を流しながら倒れ込む。


試合後、楽屋で崩れる村上

その様子に、チームメイト3人は何の言葉も掛けられず、ただ村上を見つめることしか出来ない様子であった。


あのオカルト否定派の村上が、直後に「ムカつく」という言葉を口にした。

無論、それは別の対局者に向けられたものでは無く、足掻けば足掻くほど深くへと沈んでいく、自らの悲惨な状況に向けての言葉だったように思える。麻雀の理不尽さは嫌というほど味わってきた、それでもなお自分にばかり向かい風が吹き続ける村上の、偽らざる心の叫び。

当時、観ていた筆者も「この人、これ以上何かあったらどうなってしまうんだろうか」と本気で心配になったのを記憶している。
それほどまでに、当時の村上の追い込まれ様は凄まじかった。

トップ絶望からの逆転劇、きっかけはやはり「リーチ」

亜樹の四暗刻和了により、場況は亜樹が51,600点のトップ目となり、南2局、村上の親番になった。

村上は11,400点所持の4着目。

トップとの差は40,200点となり、親番が巡ってきたとはいえそれを捲ってトップを獲るのはほぼ絶望的だと誰もが感じていた。

このままいけば、また村上がラスになる。

やはり、向かい風は向かい風のままだったか。

迎えた村上の親番、南二局。

「リーチ!!」

いつものように大きく、村上の声が響く。

「ツモ!!」

親の満貫、4000オール。
反撃の狼煙が上がった。


南二局、村上反撃の4000オール自摸

その後ふたたび4000オールを一発でツモり、オーラス、南四局。
パイレーツ小林が村上の聴牌に3900点を放銃し、亜樹をたった100点上回る38,200点のトップ。

正直、小林のリーチ後に村上が危険牌の九筒を押した時点で、私は泣いていた。
まるで、9回裏に繋いで繋いで逆転へと向かう高校野球チームのようでもあり、倒れても倒れても、何度も立ち上がり前に進むプロレスラーのようでもあった。
「役満」という、麻雀の華を決めた亜樹に対して、村上は自分の代名詞であり最大の武器である立直を最大限に使い、ひとつひとつの局面に果敢に立ち向かった。

正直、「麻雀でここまで心を動かされるものなのか」と、心の底から震えるような感動を、私は感じていた。

村上は勝利後インタビューで「奇跡ですね」と振り返ると、その年の1月1日に入籍したことを報告し、恒例のドリブンズのポーズをとった。


絶望的状況からの大逆転トップとなった村上

2年後、村上淳の「今」

あの試合から2年が過ぎた。
赤坂ドリブンズはその後やはり負債を返すことが出来ず、チームは村上と丸山の2名とは契約を結ばず、翌シーズンからは渡辺太、浅見真紀の2名が新加入となり、今ではドリブンズの主力として活躍、また、ドリブンズ自体も先述した通り快進撃を見せている。

村上もMリーグの解説として、中継には顔を見せ続けている。
元来、厳つい見た目とは裏腹に優しい人柄で、お茶目なところもある村上なので、同氏の解説は非常に聞きやすいし、物腰も柔らかく、毎試合素晴らしい解説をしてくれる。

でも、私たちが本当に観たいのは「解説・村上淳」ではないはずだ。

泥臭く、不運で、理不尽ばかりで、ツキに見放されている。
そんな経験を嫌というほどしてきても、それでも麻雀が好きで、最後まであきらめず、大きな声で、立直をかけて闘う、ぼくらのリーチ超人。

まだまだ黎明期のMリーグにとって、これから盛り上がり、熱狂を外へと広げ、麻雀というゲーム(スポーツ)を広げていくためにやらなければならないこと、改善しなければならないことは山積している。

1400名ほどいるといわれるプロ雀士の母数に対して、Mリーグは9チーム。
1チーム4名の編成なので、全現役Mリーガーは36名である。
例えば他のプロスポーツでは「移籍・トレード」などが当たり前の競技もあるが、現在のMリーグの体制を考慮するとそう易々と真似は出来ない。

事実、これまでのMリーガーの結末の大半は「勇退」か「契約解除」のどちらかが占めており、2チーム以上に所属した経歴があるのは、当初はEX風林火山所属だったが契約解除後、再度ドラフトで指名を受け、現在はKONAMI麻雀格闘倶楽部に所属する滝沢和典選手のただ一人のみである。

かつてMリーガーだった者の中でも、例えば和久津晶プロ(日本プロ麻雀連盟所属、Mリーグではセガサミーフェニックスに在籍)のように「もう1度Mリーグの舞台に戻りたい」と公言する選手もいる。

Mリーグのみで考えた場合、「チーム戦」「シーズン」「半荘にかかる割合の大きさ」といった幾つかの要素は、あくまで個人を主戦とする多くの麻雀プロにとっては異質なものであり、かつ、打牌への批判や自身へのバッシング等があれば、それは各団体で打っている時とは比にならないほど大きくなるだろう。

だが、現状私がMリーグを観続けてきて他の誰よりも、どんな対局よりも心を動かされ、感動したのは、上述した村上が亜樹を捲ったあの試合だ。

村上氏ご本人の意向は定かではないが、筆者はもう1度、あの舞台で村上を観たいし、また、あれを超えるような素晴らしい試合を観られる日が、いつか来てほしいと願っている。

「リーチ!!」

あの声を、またいつか。


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