人生色々、フランス菓子フレジェも色々。
今季もそろそろフレジェに別れを告げる頃がやってくる。フレジェに振り回されるようにフレジェしてきた冬から春への移り変わり。フレジェは何故こんなにも魅惑的で、こんなにも私たちを惹き付けるのだろうか?
今回はフレジェについてとことん語りたい。
1、フレジェとショートケーキ
一般的にはショートケーキという日本独自のフォーマットに対するフランス菓子への憧れのような、また一年中いつでも洋菓子店に当たり前のように置いてあるショートケーキに対するアンチテーゼのように、旬の味わいを他文化への情景とともに提供するフランス菓子店としての確固たる意思の表明のようにも感じるフレジェというフォーマット、そこへ込められた各々シェフの「想い」、提供期間が限られているからこそ待ち遠しく、巡る季節への感謝とともに人はフレジェを求めて止まないのだろう。
そんな季節の素晴らしさを届けてくれるフレジェ、大まかに構成が決まっているのだが、これが実に様々な形態で愉しませてくれる。
名が示す通り苺をメインに捉え、クレームムースリーヌとアーモンド生地による構成、苺単体による果実の旨味をブーストし苺単体では成し得ない圧倒的に香る苺を愉しめる、まさに苺による苺のための苺の魅力全開のガトー、それこそがフレジェなのだ。(↔︎ショートケーキはフワフワによるフワフワの為のフワフワの魅力全開の洋菓子)
日本でもフレジェの素晴らしさがもっと認知されて欲しいと切に思う。一年中ショーケースに並ぶショートケーキも確かに素晴らしい甘味だと認める。
しかしながら多様化する食文化の中にあって、フレジェが認知されていないのはあまりに勿体ないのではないだろうか。固定された考えだけでは広がっている風景を楽しめないのではないか?そんな思いがフレジェを推す気持ちを一層高める。
そして、移ろう季節に愛しく想いを馳せる事が日本の美徳文化ならば、フレジェに春の訪れを感じ、春を迎え入れる歓びを重ね合わせることは日本人にとって実は馴染み深いことなのかも知れない。
フレジェから感じる奥深い食文化への誘い(いざない)、季節の巡りと日常的な食とはまさに人生へと結び付いているのだ。
ということで、フレジェのとどまることのない魅力に迫りたいと思う。
2、フレジェの系統括り分け
■ハード系フレジェ勢
ムースリーヌがハード、つまりは固い。バターの含有率が高く、固いのに口内の体温でジュッと溶けるのが美学。
苺の果肉もしっかりしたハードタイプを持ってくる事が好ましく、「ハード×ハード」によるコントラストを愉しむ事が美味しさの秘密。冷たい状態の方がより趣が在る。
▶︎聖蹟桜ヶ丘『ル・ププラン』
「ハードムースリーヌ×キルシュ全開×チョコ×ドット柄」
大人に許された大人のためのフレジェ。キルシュのアンビベがアーモンド生地を完全に支配、ムースリーヌの口溶けの速さが苺の果実味を際立たせ、キルシュの渋みを伴ったキレ味が苺の華やかさを引き立てる、底に忍ばせたビターショコラさえも味わいの輪郭をクッキリさせるための要素として、一切邪魔にならず機能している。ドットドットした見た目の可愛いらしさで手を出すと火傷をしかねない、シャープなキレ味が素晴らしい。
▶︎千歳烏山『ラ・ヴィエイユ・フランス』
「ハードムースリーヌ×キルシュ強め×チョコ底×ドット柄全開」
甘さとキレの力強さが光る重厚な味わい、クラシカルを感じさえるバランス。キルシュの香りがバター寄りのムースリーヌにキレをもたらし、儚い食感が苺の鮮やかさを際立たせる、ボトムのショコラがビター寄りの甘さでそれらの対比として機能、ドット柄のインパクトが示すように主張が強く愉しめる。
▶︎玉川学園前『パクタージュ』
「ハードムースリーヌ×ピスターシュ×ナパージュ×凛」
スーパーハードムースリーヌ+フレッシュイチゴ×潔さ
バターに極めて近い特徴的なまでの固さにナイフを入れればニヤつきを抑えることは出来ない、苺の果肉も大ぶりかつしっかりしたとした歯応えで呼応する。ムースリーヌ自体は甘さを控え口溶けに集中、ベリーの上掛けが甘さで全体を華やかに包み込み、苺の鮮烈さをブーストしている、齋藤シェフの潔さを苺に投影させ、キリッとした中にも夢見心地の可愛らしさが愉しめる。
■ソフト系フレジェ勢
ムースリーヌがソフト、つまりは柔らかい。クレームパティシエール寄りで、パートの垣根を超えた全体を通しての一体感が美学。
アーモンド生地と完全なる融合を果たし、苺の水分量を抱擁するように包み込むスタイルは、かえって瑞々しさのコントラストを感じさせるという結果をもたらす。フランボワーズのコンフィチュールが味わいに華やかさをプラスしているケースが多いのも興味深い。
▶︎川口『シャンドワゾー』
「ソフトムースリーヌ×溶け合う生地×強ナパージュ」
大部分を占める濃厚ムースリーヌが甘く狂おしい、そして極めて柔らかい、ほぼクレームパティシエールかと。アーモンド生地は崩れ落ちるようにそんなムースリーヌとひとつになり、苺に寄り添う。特徴的なのはベリーの上掛けの主張も強いこと、苺の持つ果実味をさらに引き上げ甘く優しく全体を纏め上げている。勝手な想像だが村山シェフのお人柄が垣間見れるような気がするフレジエだ。
▶︎四ツ谷『カフェ・ミクニズ』
「ムースリーヌ×ピスターシュ×ビロード×デセール」
今期大幅にリニューアルで登場した形態は、レストランデセールを彷彿とさせる美しい佇まい。苺のカットがトップで花を咲かせている姿に心を射止めらる。造形が作り出す味わいは滑らかさ、カットを施された苺はまるで天鵞絨(ビロード)のような舌触りで、追従するように滑らかなムースリーヌと中心部に忍ばせた苺のコンフィチュール、全てを口の中で味わった時に確かに苺の時間だったと、余韻が訪れる。
■狂気系フレジェ勢
独自の美味しさを追求していく過程で結果として辿り着いた、もはや狂気の沙汰のように感じる手の施しよう、またはやり過ぎなくらいのサービス精神から生まれた美学。狂気系とは褒め言葉である。
▶︎目白『エーグルドゥース』
「カスタード×シロップ×コンフィチュール×目が合う苺」
見た目からしてもう普通ではない。断面から丸く顔を覗かせる大ぶりの苺が並ぶ姿がインパクト大でまず目を引く。(目が合うとも言う)
その苺たちを引き立てるように寄り添うコンフィチュールは果実味のブースト役、この二つだけでも旨いのに、間を埋めるようにムースリーヌは泣く大人も黙る旨さを誇るエーグルドゥースのあのムースリーヌで、旨味だけを残して解れるように消えてゆくアーモンド生地には苺の乙女なシロップを打って儚い足跡を残し、トップに施されたメレンゲのヴェールが甘さと香ばしさそしてコクで輪郭を浮き立たせる。全ての要素に意味を感じると言いたいところだが、本当の凄さは難しいことを考えさせずに素直に圧倒的一体感で美味しさが迫ってくる事。フレジェのフォーマットを逸脱し甘酸っぱい美味しさの最高峰を追い求める姿勢が狂気的だと感じる所以なのかも知れない。
▶︎白金高輪『リョーコ』
「苺祭り×ムースリーヌ祭り×アントルメ祭り」
アントルメというフォーマットを最大限活用した狂気的な苺の宴。真紅に染め上げられたトップに真っ赤に実った大ぶりの完熟苺の量感、築き上げられたフレジェの城は情熱的で躍動感に満ち溢れている。苺の生命力がこれほどまでに感じられるものは他にはない。フレジェにアントルメに賭ける熱き想いが狂気さえも感じさせる真剣勝負。カットをすると、崩れ落ちる苺たち、どれほどの数の苺を使用しているのか、フレジェが苺を主としたガトーならば、まさしくフレジェを感じる瞬間だ。どこまでも柔らかなクレームパティシエールとフレッシュ苺、フカッと柔らかなジェノワーズ生地、香り高いベリーソース、360°フレジェに囲まれて狂おしさに酔いしれる、これほどフレジェの宴を感じさせるスペックのものは過去にも未来にも登場しないだろうと思わせるだけの説得力が在る。
■俺さま系フレジェ
求めているものはただひとつ、旨いという美学。
世間のフレジェとは一線を画し、オリジナルのフォーマットを突き詰める、自身の信じる道を歩み自身の信じる味わいに惚れる、そんな美学に魅せられた者たちもまた惚れる、美学とはつまりそういう事なのである。
▶︎石神井公園『ブロンディール』
「フレジェ×孤高の味わい×俺」
藤原シェフが提供する、自身の美学に基づいたフランス菓子たち。
無論、フレジェにも美学は貫かれ、他のどのフレジェとも違う独自性を感じる味わいとして表現されている。どれか一つのパートが突出するのではなくそれぞれが特徴を出しつつも全体を通しての調和が生み出す旨さ、ここでは苺だけが前面に出すぎる事なく苺を主体とした苺その他パートが担うそれぞれの味わいによって築き上げれた一つのガトーとして仕上がっている。
これは藤原シェフのインタビュー記事を読み解けば分かる事。全体の調和こそが大切で、その中で主となる素材が活きてくる美学。甘さ一辺倒であったり酸味だけということは決してせず、互いに支え合い引き立て合う事によって生まれるひとつの味わい。
まず苺はしっかりと酸味がたったものを使用している、旨さの秘密はコントラストにあるから、甘味と酸味と芳ばしさ、三位一体の味わいが表現されている。
もったりとした粘度が特徴的なムースリーヌは纏わりつくようなテクスチャー、口の中でゆっくりとコクと香りを放ちながら口溶けてゆく過程がクレームパティシエールともクレームオブールとも異なる、このフレジェの為だけに存在する唯一無二のもの。これは苺の水分量を支える為であり、甘美な口溶けの中で苺の芳香が立ち上がるという思想と言える。この二つのパートを支えるピスターシュもコクが素朴な風味を感じさせるとムースリーヌが引き立つ仕様、トップは表面を軽くキャラメリゼさせたメレンゲで覆いしっかりとした甘さとビターが同時に加わると苺の酸味がより鮮やかに感じられるというもの、つまり全ては素の苺が持つ甘酸っぱさを全身で受け止め味わう為、考え抜かれたパートによってひとつのガトーとして構成されているのだ。
3、フレジェよ永遠であれ!
一度口づけをしたら心を離さない甘美な味わいとは儚い。
それは長く愛おしい余韻をもたらし、記憶へと刻まれ、やがて訪れる季節の移ろいに別離れを告げた後にもあの味を求めてしまうだろう。
距離を置くことは悪いことばかりではない。
離れるからこそ、時間の数だけ、愛おしい想いが積み重なる。
そして次の季節にも再会出来ることを願い、私たちは季節を渡ってゆく。
「フレジェはまさに人生のようなもの。」
来季も愉しみにしたい。
つづく