小説
暗い森の中、リョウは懐中電灯を握りしめ、荒い息を整えようとしていた。ここまで来るつもりはなかった。家を出た時は、ただの気晴らしだったはずだ。けれど、気づけば見知らぬ道を進み、今は周囲を鬱蒼とした木々に囲まれ、完全に迷っていた。
懐中電灯の光が揺れる度に、影が奇妙な形を作り出す。リョウは足を止め、周りの音に耳を澄ませた。鳥の鳴き声も虫の声も聞こえない。静寂が不気味だった。
突然、背後でかすかな音がした。乾いた葉が踏まれる音だ。リョウはゆっくりと振り返った。しかし、光が届く範囲には誰もいない。心臓が早鐘のように打ち始め、冷や汗が背中を伝う。振り返った瞬間から、背後に誰かがいるような感覚が消えない。だが、見る度にそこには何もない。
「誰かいるのか?」リョウは勇気を振り絞って声を上げた。返事はない。恐怖がじわじわと心に広がり始めたその時、不意にまた音が聞こえた。今度は確実に近づいてきている。リョウは懐中電灯を握り直し、全力で走り出した。
どれほど走ったのか分からない。森の奥へ奥へと逃げ込んでいるはずなのに、なぜか出口が見つからない。まるで森そのものが彼を逃がさないようにしているかのように、どの道も行き止まりになっている。
突然、足元がぐらつき、リョウは地面に倒れ込んだ。懐中電灯が手から離れ、暗闇の中に転がる。立ち上がろうとするが、足が動かない。何かに引っ張られている。慌てて振り返ると、見知らぬ影が彼の足首をつかんでいた。
その影は、もはや人間の形ではなかった。黒く歪んだそれは、じわじわと彼の方に迫ってくる。リョウは必死に手を伸ばして懐中電灯を掴もうとしたが、届かない。
「助けて…!」リョウは声を振り絞って叫んだ。
その瞬間、影が止まった。まるで彼の言葉を聞いたかのように。だが、それも束の間、次の瞬間、影は彼の体に覆いかぶさり、視界が真っ暗になった。
気づけばリョウは別の場所にいた。周囲には森はなく、見知らぬ古びた家の中だった。壁にかけられた時計は針が止まり、窓の外は真っ暗で何も見えない。息を整えながら、彼はゆっくりと立ち上がった。
そして、目の前のテーブルに一枚の紙が置かれていることに気づいた。そこには、こう書かれていた。
「ようこそ。ここからは逃げられない。」
リョウの全身が震えた。ここがどこで、誰が彼をここに連れてきたのか、全くわからない。ただ、確かに感じた。ここにいる「何か」が、彼を見つめている。
そして――その「何か」は、これから始まる恐ろしいゲームの「主催者」だということを。
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