【回顧録】3年間、虹を追いかけて(2)
3.中期
さて、渋谷公会堂でのライブの前にメンバーが2人卒業していました。この頃には個々のメンバーについてある程度知っていたため、さすがに思うところがありました。
片岡未優。通称、ミユニキ。藍色担当。独特の甘い声質が特徴的でした。卒業後はグラビアアイドルになりました。
山本莉唯。通称、りおにゃん。黄色担当。幼さが残る顔立ちと歌声が印象に残っています。大学受験のために卒業しました。萌先輩のツイッターに上がっていた、愛梨ちゃんと並んだ後ろ姿の写真を覚えています。『これからも娘と仲良くしてあげてね』というメッセージが添えられていました。泣くしかありませんでした。
しかしながら、待ちに待った現場の楽しみが損なわれたかと言えば、そんなことはありませんでした。愛梨ちゃんに会いたい。メンバーの声が聴きたい。その思いに突き動かされ、私は渋谷へ向かいました。駅の出口を間違えてしまい、渋谷公会堂とは反対方向に向かったことを付け加えておきます(幸い、遅刻はしなかった)。
久しぶりのライブは最高でした。愛梨ちゃんがツイッターで呟いている『ふぁいてぃーん』が肉声で聴けただけでも、これまでの日々が報われた気がしました。
さて、このライブでは新メンバー2人のお披露目ライブでした。
桐乃みゆ。通称、ミッフィー。ミユニキから藍色を継承しました。WILL-O'(ウィロー、と読む)という、その年に活動停止したグループのメンバーでした。WILL-O'は虹コンとは毛並みが違う、硬派な曲を歌うグループでした。そのためか、声も歌い方もクールです。
大塚望由。通称、みゆみゆ。りおにゃんから黄色を継承しました。以前虹コンに在籍し、いったん卒業したようです。インディーズ時代のCDを見ると、確かにそれらしい人物が写っています。華やかな印象を与える、陽気な人物です。お披露目直前には最初に加入した時の映像が流れました。近くにいただいすきマンが感じ入ってました。おそらく、古参だったのだと思います。
2人はすぐに虹コンになじんでいきました。
7月に川崎のライブに参戦した後、8月にZepp DiverCity(東京都江東区のライブハウス)で行われるライブにも参戦……する予定でした。しかしながら、感染が再拡大してしまい、とても行けなくなりました。現場に行けない悔しさをかみしめながら、配信で見ました。
そのライブでさらに2人の新メンバーが加入。虹コンは14人の大所帯となりました。担当色も7色になりました。
石原愛梨沙。通称、ありちゃ。オレンジ担当。オーデションで選抜されました。芸能活動の経験はないはずですが、パフォーマンスは先輩メンバーと遜色ありません。
神田ジュナ。通称、ジュナなん。オレンジ担当。前述の通り、虹ファンのメンバーでした。常に笑っているような目元と口元が特徴的です。どこかりおにゃんに思わせる、幼さを残した歌声をしています。
かくして、戦力増強(?)を果たした虹コンは勢いを加速させていきました。
この頃から本格的にのめり込んでいった気がします。同時に、推しが愛梨ちゃんだけでなく、グループ全体に徐々に広がっていきました。それが良いことかどうか、言い切ることはできかねます。
その秋、根本凪(通称、ねも。でんぱ組.incとの兼任メンバー。今はVTuber)が体調を崩して活動を休止しました。何かと存在感のあるメンバーだったので、それ以降のライブへの参戦にためらいが生じました。結局、その年はライブには参戦しませんでした。卒業ではなく休止だったので、すぐに再開する、と思っていたからです。それまで待てば良い、と。しかし、それは甘い考えでした。
12月、虹コンは念願だった武道館ワンマンライブ開催を発表。そして、翌2022年1月、武道館を以って華鈴先輩とねも先輩が卒業する、と発表されました。そして、武道館にねも先輩は参加できない、とも。
衝撃でした。華鈴先輩もねも先輩も、虹コンに不可欠な存在だと思っていたからです。華鈴先輩は自称していたように、虹コンの太陽でした。華鈴先輩の声には何度となく力をもらっていました。ねも先輩は癒しでした。ねも先輩の声はストレスや疲れを払ってくれました。2人の声が聴けなくなることは想像すらできない、恐ろしいことでした。
武道館までの日々は無情にも経過していきました。
4月になってから、武道館を記念した展示会を見に神田に行きました。会場では過去のライブの映像が壁に写されていました。その場に棒立ちになってしばらく眺めました。帰り際、置かれていた感想ノートにメッセージを残そうとしました。しかし、考えはまとまりませんでした。結局、ありきたりのメッセージを書いて会場を後にしました。
そして、4月17日、ライブ当日となりました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?