なにをやるにも "指導者育成" が先ということ
あぁ、やっぱり。という感じで、デジタル教育は学校現場で根付いていない。
ピンとこない先生。それをまとめる校長や教育委員会に教育委員長。
この人たちの指導教育がなにより行き届いていない。表計算や文章作成ソフトで "デジタルできるもん!" 的優越を出してくる人たちをよく見かけます。
その人たちの訓示では、「人間は基本が大切(デジタルでは人間の基本は育たない)。」と宣う。
そうなんでしょうか。
「人間の基本はまなぶ」ことにあって、だから "万物の霊長類" と言われるように進化したのだと思っています。"デジタルを学ぶ" は、基本中の基本。そう思うのです。
なぜなら、デジタルの世界でも「いじめ、排他・排斥、妬み、恨み、ヘイト・・・」たくさん学ぶべき人間の所作があるではありませんか。
否、デジタルの世界だからこそ、社会性のある探求心の強い人間が求められているのです。それは、論理でもあり仮想でありつつも物理なのです。
大切なのは、指導者が子供たちの未来を想像できるかということ。「この子たちの未来はどんなもので、この子たちがそこで立ち止まったり孤独になったりしないか」という想像力です。
「デジタルの世界では、立ち止まった時はこんな解決方法、孤独になった時はこんなやり方、人を嫌いになったのなら・・・」
調べながら学ぶ。これがデジタルの醍醐味。どんな調べ方があるか、それを基本としてしっかり伝えること。それが、デジタル指導の根幹にあるのです。
デジタルの世界はありとあらゆる情報が流れています。情報をつかみその真偽を見極め、次の情報で真であることを確かめつつ、身になる手法を編み出して昇華していく。
デジタルと言いつつ、年配者全般に経験したことのある所作ではないでしょうか。それをデジタルに置き換えればいいだけ。そこを上から目線でヘリクツをこねこねしながら現状維持を狙っているのでは、とても子供の未来を想像できているとは思えない。
教育世界の中で指導的役割を担っている人々へ。
デジタルはどんな境界も超えていきます。境界のない世界で子供たちが元気に育っていけるように、デジタルに浸る日々を過ごしてください。そこで、デジタルとその先を想像してください。そうすれば、今に固執することなく、子供たちと溶け合って、境界のない教育を先導していくことができるでしょう。