「きょう、せい!」といわれても

「人とのつながりが、半強制的だった」かもしれない昭和。いまさら、強制されるような同窓会に出ていけるかいな、という思いが本音。「強制・強請・矯正・強精・嬌声・強盛・・・」、これみんな昭和。老いた身にこれらは正反対に作用します。

もう、年金もらって思う様に暮らしたいんです。嫁の愚痴も聞いてやりたい(思い上がりだな。いままでの不実があるから愚痴は兵器となり、おいらがボロボロになるのは、チト避けたい)。話しかけてくる子供もいないし、嫁は背中で返事をするし・・・。”ぼっち老人” に差し掛かってからずいぶんと歩いてきちゃった。一人を自覚して、さぁ、どうしようかいなと思っていると、お上から「もっと、はたらけぇ~、すきなことをしごとにしていいからぁ」と声が降ってくる。傘を差したかったけど、傘もないから直接さびしくなった頭に降りかかり、「おぉ~、さむぅ」と身震いしているところ。
「若者孝行」とおもって滅私奉公をこころに決めて、「70歳年金受け取り世代」の誇りを胸に、若者の三歩下がってその先を照らす所作を身に着けるように精進しているけれど、どこか空虚。

「なんのために生きてるんじゃろか」、見送った父のことば。介護中は「こげんことなら死んだほうがましじゃァ」をなんど聞いたことか。自身、これから100歳までいきるんだろか。なんのために生きているか、できる範囲で ”〇〇の為” を定めておかなければ、「しんだほうが・・・」になっちゃうなぁ。

昭和の時代には ”チョッキ(直着)” と言われた胴着(道義?)を ”ベスト” に代えて体を温めながら、「ベスト(道義)」な道を歩んでいきますか。


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