父の命月に寄せて
私の親世代、いわゆる昭和一桁前後に生まれた人たちは、酒の席でお互いに注ぎ合うという文化があるようだ。
特に肉体労働者にこの傾向が強いと感じる。
これを酒を酌み交わすというのだろう。
私の父親は、それが酒の席でのマナーだと信じて疑わない人だった。
そして、それをする事に強い快楽を感じていたようだ。
同席している人のグラスに5分間隔で酒や飲み物を注ぐ、その際、宝くじで3億円当たったかのような、これ以上無い満面の笑みがそれを物語っていた。
俺は気が利く人間なんだと自己陶酔していたのか、理由は分からないけどとにかく他の人のグラスに酒を注ぎ足すという行為に強い高揚感があったはずだ。
そういう人だから、当然息子である私にも同じ行動をするように求め続けていた。
酒の席で "注げや" という言葉を恐らくだが1,000回以上は聞かされた。
その会場を提供している側が他の人のグラスに酒を注がない事を "本末転倒" という四字熟語で表現していたが、父はその言葉を100回くらいは発していたと思う。
今でも "注げや" と "本末転倒" という父の言葉が耳に残っている。
一方で私は、他の人が食べたり飲んだりする事に介入したくないという思考であったために、父の要求に積極的に応える事をしなかった。
こんな事があった。
ある日の夜、確か20時頃だったか、父が場所も言わずに車で送っていけと言う。
父を乗せ、道案内に従って5分程車を進める。
目的地に到着すると私も降りるように促されて、中に入るとそこはスナックのようなところだった。
後で気づいたのだが、父は私を店内で待たせて帰る手段を確保してゆっくりと飲みたかったようだ。
私は数分間カウンターに座っていたが、その店でぼーっとしていてもしかたないので席を立って家に帰った。
帰る手段を失った父は、店のママに送ってもらったようだった。
そんな父がこの世を去って早21年。
今頃どこを旅しているんだろう。
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