いわゆる人的補償による移籍拒否に関する一考察
2018年1月17日,東京スポーツにて,中日ドラゴンズ(以下,「中日」という。)所属の岩瀬仁紀選手兼コーチが,「人的補償になるなら引退する」と述べ,人的補償による移籍を事実上拒否した旨が報じられた。
中日・岩瀬「人的補償での日本ハム移籍拒否」引退覚悟だった!
https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/888415/
日本プロ野球においては,「プロ野球協約」(以下,「協約」という。)でフリーエージェント制度を設けることが規定され(協約196条),その制度の詳細は「フリーエージェント規約」(以下,「規約」という。)に委ねられている。
規約では,FA宣言選手と選手契約を締結した球団(獲得球団)は,FA宣言選手の所属していた球団(旧球団)に対して,FA宣言選手のランクに応じた補償を求めることができる旨定められている(補償の詳細については規約10条参照。)。
今回,中日は,日本ハムファイターズ(以下,「日ハム」という。)の大野奨太選手を獲得したことにより,日ハムに対する補償の義務を負うことになった。一部報道によると,大野選手はBランクとのことであるから,日ハムは①プロテクトリストから漏れた選手による補償及び大野選手の参稼報酬年額の40%相当額の金銭的補償又は②大野選手の参稼報酬年額の60%相当額の金銭的補償のいずれかを選択することができる。
報道によると,中日がいわゆるプロテクトリストに岩瀬選手を登載しなかったため,日ハムは岩瀬選手を人的補償として獲得する意向を中日に伝えた。しかし,岩瀬選手は,人的補償によって移籍するのであれば引退する意向を示したとのことである。なお,規約10条7項に,次のような規定が存在する。
「本条3項及び4項の規定により,旧球団から指名された獲得球団の選手は,その指名による移籍を拒否することはできない。当該選手が,移籍を拒否した場合は,同選手は資格停止選手となり,旧球団への補償については,本条第3項(2)号又は本条第4項(2)号を準用する。」
そのため,この岩瀬選手の移籍拒否が,規約10条7項に違反するのではないかが問題となる。
報道では,「日本ハムは人的補償を求めることを決め、中日にも通達」したとされている。これが規約10条7項にいう「指名」に当たるのであれば,岩瀬選手が移籍を拒否することは認められず,岩瀬選手は資格停止選手となり資格停止選手名簿(協約60条3号)に登載されることになる(もっとも,移籍を拒否した選手が旧球団・獲得球団いずれの保留下で資格停止選手となるのかは判然としない。)。この場合,日ハムが得られる補償は,大野選手の参稼報酬年額の60%相当額の金銭的補償になる。
現行の規定上,移籍を拒否した場合には資格停止選手となるという一定の制裁が存在するため,プロ野球選手として現役を続行したい意向がある選手は移籍を拒否するインセンティブは弱い。しかし,今回問題となった岩瀬選手のように引退を覚悟した選手であれば,資格停止選手となる制裁の実効性がないようにも思われる(プロ野球選手は自由に任意引退できるわけではない(協約59条参照。)が,移籍して選手を継続する意志を失っているような選手を獲得するメリットは旧球団には存在しないだろう。)。
なお,規約上「指名」の手続に関する規定は存在しないこと,選手契約の譲渡に関する規約の規定が準用されるのか判然としないことなどの問題点があるように思われる(これらの点はNPBの内規等で定められている可能性もあるが,少なくともインターネット上では確認できない。)。そのため,日ハムの中日に対する通知が仮に事実であったとしても,規約上の「指名」に該当するのか判断が難しいところである。
今回の件では,岩瀬選手が指名されたうえで移籍を拒否した場合,中日は選手兼コーチを失った上で金銭補償が増額される。日ハムは希望する選手が資格停止になるのに加えて,金銭保証を受けるのと変わらなくなる。このように岩瀬選手が移籍を拒否した場合,デメリットしかない取引になるため、日ハムが指名をチラつかせて中日に恩を売りつつ、金銭補償を獲得し(何らかの裏取引がされ)たとみるのが妥当だろうか。
参考
プロ野球協約
http://jpbpa.net/up_pdf/1471951971-129176.pdf
フリーエージェント規約
http://jpbpa.net/up_pdf/1284364512-578244.pdf
統一契約書様式
http://jpbpa.net/up_pdf/1427937937-107764.pdf