【新しい新婚旅行のカタチ】これから人生を共にする人と「暮らしを体験する旅」へ出たら
2019年夏の終わり、私たち夫婦は10泊11日の旅へ出た。
新婚旅行なのだが、華やかで豪華なモノとはちょっと違う。
目的地は、新婚旅行のおすすめとしては、馴染みのないであろう「島根県大田市大森町」だ。
「新婚旅行どこにいこうか?」と夫に聞かれ、「島根にある阿部家に行きたい」と話したことがきっかけで決まった。
阿部家とは、まさに阿部さんが住んでいた家のこと。といっても、50年以上も前の話。
現在は、築200年以上の阿部家の武家屋敷を、長い歳月をかけ繕い蘇らせ、暮らす宿「他郷阿部家」として、1日2組のお客様を迎え入れている。
5年越しに叶った、暮らす宿「他郷阿部家」への旅
「暮らしを体験する旅」の目的地として選んだ、暮らす宿「他郷阿部家」(以下、阿部家)を知ったのは5年前。当時私は、大学生だった。
食文化に興味があり、有名イタリアンシェフの下で、インターンシップをしていた。同じ時期に研修に来ていたのが、偶然にも阿部家の料理人だった。
笑った時のえくぼが素敵で、優しさがあふれたお姉さん的存在の女性。彼女から「他郷阿部家から来ています」と聞き、阿部家の存在を知ったのだ。
彼女が作る賄いが今でも忘れられない。
使う食材は、残りものばかりなのに、何一つ無駄にするものがない。捨てられてしまうはずの食材たちが、彼女の手によって丁寧によみがえってくことに感動した。
一口一口じっくり味わいたくなるような、特別な味。主役として生まれ変わった野菜たちのうまみが、ジュワッとひろがるキッシュの虜になった。
そしていつか、阿部家に泊まりに行って、彼女の手料理を食べることが、私の夢になっていたのだ。
「新婚旅行どこにいこうか?」と夫に聞かれたとき、この思い出話とともに「彼女に会いたい、阿部家に行きたい」と伝えた。
こうして「阿部家へ、彼女の作る料理を食べに行こう」と旅が始まった。
久しぶりに帰ってきた実家のような場所だった
私たちは、山形県に住んでいたので、阿部家までは、飛行機を2回乗り継ぎ、福岡県からレンタカーで7時間(325㎞)の長い道のりだった。
長旅で疲れもあったはずなのに、阿部家に着いた瞬間に感じたのは「久しぶりに帰ってきた実家」のような居心地の良さだ。
玄関で靴を脱ぎ、素足で上がる。スリッパは履かない。素足で感じる木の温もりが、心地よく、不思議と癒される。
同じ日、阿部家へ宿泊していたのは、私たち夫婦と30代半ばくらいの夫婦とそのご両親。
阿部家では、家主の松場登美さん(以下、登美さん)と宿泊者全員で夕食を囲む。私が一番楽しみにしていた、時間。
そう、5年前に出会った彼女に再会できるから。
登美さんと囲む食事は、家族団らんそのものだった。
「今日は、こんな道を通ってきた」「こんなものに出会った」「このお料理は何が入っているの」と、たわいもない話で盛り上がる。
「なぜ、阿部家に来たのか」という会話の中で、5年前に一緒になった彼女の話をした。
残念なことに、彼女は阿部家から巣立ち、再会することはできなかったのだが、「でもね……」と登美さんは続けた。
「後ろに置いてある、手作りのレシピは、彼女が作って置いていったもの。いまでも、阿部家のお料理には、彼女の味が受け継がれているのよ」と話してくれた。
彼女との再会は叶わなかったけれど、彼女の味に再び会うことができたのだ。
たしかに、あの時に感じた特別な味と同じだ。この土地で取れた食材たちが、阿部家の台所で何一つ無駄にされることなく、料理されて食卓に並んでいた。
阿部家では、四季折々の食材を大切にしている。
さらに食べ物だけではない。阿部家で使われているあらゆるものあるが、古いものを丁寧に繕い、蘇らせたものだった。
入口にあった暖簾も、蔵から出てきた絣の生地。もともとは、虫食いなどでかなり痛んでいたものだそう。
よく見ると、穴が開いていた部分が繕われている。新しいものより、繕われながら、大切に受け継がれていた。
「どんなボロになっても繕い続けていくつもり」と登美さんは話していた。
「暮らしを体験する旅」に出てよかったこと
実家でくつろぐような、1日を過ごし感じたこと。
モノや情報にあふれる現代社会の中で、インターネットの世界から離れて、人や物の価値を見つめ直す時間を作ることができた。
パートナーとのこれからの長い人生の中で、私たちが求めている豊かな暮らしの価値観を共有し合えたのはとても大きかった。
たくさんのものがあふれた生活よりも
今あるものをどう生かすか、大切にするかを教えてもらった。
古くからある人との暮らしを体験することで、まだ知らぬ価値観に触れる。暮らしのヒントや視野を広げることで、より豊かな人生を送れるお互いが感じた価値観を受け入れ、楽しさを味えることを知った。
もう一つは、「また帰ってきたくなる居場所や人に出会えた」こと。
「慣れ親しんだ実家のような安らぎ」で、お客様としてもてなされているのではなく、阿部家の一員として、過ごさせてもらったことがよかった。
一期一会という言葉があるように、阿部家に来たからこそ出会えた人や価値観があった。
他郷阿部家のサイトには、こうあります。
豪華さや便利さよりも、自分自身を取り戻す時間が欲しいなと思っていたら、ぜひ一度訪れていただきたい宿です。
阿部家を訪れて、2年が経った今でも、私のスマホの待ち受けは、第二の実家「他郷阿部家」の食卓です。