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肥満論:モードとしての体型〜グラマーからウルトラスリムへ
「グラマー」という日本語ですぐにイメージできるのは、マリリン・モンローであり、007のボンドガールであったり、往時の『プレーボーイ』誌のグラビアに出てくるような巨乳でお尻も大きいにもかかわらず、ウエストは締まっていて細くくびれた、いわゆるボン・キュ・ボンの'曲線美 (curvaceous)'の大柄で豊満な肉体を持った女優やモデルではないだろうか?
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ハリウッドにおいて、M・モンローよりもその肉体の曲線を顕著に体現し強調していた女優としてはジェーン・マンスフィールドがいた。(画像でウエストを意識的に引っ込ませている点にも注目してほしい。)
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乳房やお尻の大きさに比して特にウエストが締まった体型を有していた女優としては、イタリアのソフィア・ローレンを想起することができる。
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同じくイタリアの”グラマー女優" と言われたのが、フェリー二の映画「甘い生活」で注目を集めたアニタ・エクバーグだった。
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スティ-ブ・サリバン(Stieve Sullivan)氏の一連の'Glamour Girls'研究の集大成である著作には、20世紀を代表する1500名の'グラマー・ガール'のランキング(氏が主催する雑誌の読者の人気投票による)が表示されている。上位20名とそのバストサイズは次の通り。
1.マリリン・モンロー 94C
2.ラクウェル・ウェルチ 94C
3.ジェーン・マンスフィールド 102D
4.ブリジット・バルドー 91B
5.リタ・ヘイワード 93C
6.ベティ・ペイジ 91
7.ソフィア・ローレン 96C
8.ジーン・ハーロー 85B 86
9.ジューン・ウイルキンソン 109
10.シンディ・クロフォード 86B
11.アン=マーグレット 93D
12.エリザベス・テイラー 91C
13.アニタ・エクバーグ 100
14.マミー・バン・ドーレン 96D
15.パメラ・アンダーソン・リー 86D
16.シンシア・マイヤーズ 99DD
17.サマンサ・フォックス 91D
18.クラウディア・シファー 90C
19.ウルスラ・アンドレス 95
20.キム・ノヴァック 94
日米ブラサイズ比較表
('Glamour Girls: The Illustrated Encyclopedia, St.Martin's Griffin, New York, Dec.1999)(注1)
コカコーラの瓶(タイトル画像)からは、同じアメリカ産という意味でもマリリン・モンローの'曲線美'をイメージできるし、チェロやウッドベースのフォームはくびれた、かつ豊満な女性の体型に似せた楽器であることがイメージできる。
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ところで今は、胸はあるけれども大き過ぎず他はスレンダーな体型が好まれるようで、この点で高く評価された女優がブリジット・バルドーであった。
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むしろ今はバストやヒップが”大き過ぎる”グラマー体型に魅力を感じる人々が少数派になっているのが現状だ。
そもそも、英語(米語)の'glamour'という言葉は、必ずしも「肉体的な豊満さ」を意味するわけではない。この言葉には「魅力」「魅惑」「(特に女性の)うっとりさせる美しさ」「性的魅力」という意味 (注2) が含まれているのだが、「肉体的な豊満さ」に美的魅力を感じるかどうかは、あくまでも社会的・時代的・個人的に相対的である。
例えば、ブリジット・バルドーと同じくフランスの監督ロジェ・バディムの恋人でグラマー体型の‘セックスシンボル’として売り出したジェーン・ホンダが、フィットネスのブームに乗って、エクササイズのビデオを出して、引き締まったスレンダー体型を賞揚したように、時代は痩身志向に移って行った。
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なお、'八頭身'でかつ'曲線美'を美の基準にしているのが'ミス・ユニバース'や'ミス・ワールド'のいわゆる'美人コンテスト'である。ミス・ユニバースの世界大会で3位に入賞し戦後の日本人に希望を与えたのが伊藤絹子さんだった。
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しかし、その彼女も2023年、90歳で亡くなられた。“8頭身美人”伊東絹子さんが死去…1953年に日本人初「ミス・ユニバース」世界3位
”美人コンテスト”は、最近はスポンサーが付きにくくなっているという噂も聞かれるように、現代の欧米日本などのいわゆる'先進国'においては、必ずしも'豊満な肉体'の女性が人気があるわけではない。往々にして下手をすると彼女たちでさえ'デブ'と呼ばれてしまうのが現状なのだ。
「アメリカ女性の体型の理想と現実」というロサンジェルスタイムズ紙の記事(注3)でも指摘されているように、米国の現在のハリウッドにおいては、キャリスタ・フロットハートを初めとする、いわゆる'激ヤセ(ultra thin)女優'がぞくぞくと登場して来ているそうだ。(注4)
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因みに記事では、ハリウッド映画の配役担当のディレクターの、女優を採用する場合に「いくら有能だとしても、少し太っている(a little too round)と雇えない」という言葉を伝えている。
また、あの米国の『プレイボーイ』誌の50年に渡るグラビアモデルの体型の変化を研究した論文が英国の医学誌に発表されたが、それによると、最近になる程、バストとヒップのサイズは減少しているのに比べて、ウエストのサイズは増加するという、いわば‘ずん胴’体型になっている傾向が見られたそうだ。(注5)
フェミニズムの立場から、スージー・オーバックは、スレンダー⇄ グラマーとまるでシーソーのように短期間にくるくると変化する理想体型に女性は翻弄されて来たとして、その理想体型の変化を具体的に記述している。
「歴史の諸段階において、また異なる社会の中で、女性はその地域の考える性的魅力にあわせて自分の身体を変容するように努力してきた。ルネッサンス以来、女性の理想体型は、豊満さの強調からその180度対極の、ヴィクトリア朝の18インチのウエストに至るまで揺れ動いてきた。
十九世紀のアメリカにおいては、最初の60年は『か弱く青白いきゃしゃな女性』が好まれた。1865年、イギリスの音楽堂スタイルの美しさが、リリアン・ラッセルの容姿に代表されるように、アメリカ人の理想像を一新してしまい、『グラマーな女性』が猛威をふるった。
十九世紀末になると、背の高い筋骨たくましいギブソン風の女性が流行の主流になったが、1910年には、それを小型にした方向のピックフォードやクララ・ボウに代表される小柄でボーイッシュなモデルが登場した。1920年を通じて、ペチャンコな胸のフラッパー(現代風)が勢力をふるったが、1930年代から50年代終わり頃までは、女性の美しさが再び豊満な曲線、豊かな胸、ひきしまったウエストによって代表されるようになった。
流行からの逸脱は常に大目に見られていたし、実際正反対の流行や幾種類もの流行が同時にあらわれたものの、主流をなす理想像は時代を超えて存在した。」スージー・オーバック『拒食症──女たちの誇り高い抗議と苦悩』新曜社、94頁。
(注1)
因みにS.Sullivan氏の他の著書は次の通り(BACHELOR誌の紹介記事参照)。
"Va Va Voom!Bombshells, Pin-ups, Sexpots, and Glamour Girls", General Publishing Group, Rhino,1995
"Glamour Girls of the Century; Glamour Girls Then And Now magazine", Jan.1998
"Bombshells Glamour Girls of a lifetime", New York, June 1998
(注2)
『ニューセンチュリー英和辞典(第一版)』(三省堂)P534
(注3)
'Size zero to hefty, the feminine extremes', Los Angeles Times
(注4)
Calista Flockhartの他には、Lara Flynn Boyle, Courtney Thorne Smith, Sarah Michelle Gellar, Paula Devicqなど。
(注5)
「プレイボーイのモデル、ここ50年でずん胴に」 英医学誌
⇒肥満論:序文
⇒肥満論:サイズアクセプタンスの思想
⇒肥満論:からだに纏(まつ)わるオノマトペ