声優・茅原実里からみるアイドルの見た目と楽曲の関係
というタイトルで大学の授業のレポートを書いたのが、どうやらもう6年も前のことらしい。
6年ぶりに読んだそのレポートはあまりに稚拙で、今の自分の認識とは少しズレていたりもするが(ただ、自分の中で彼女をアイドル声優として認識していたことがあまり記憶にないことから、レポートを書くにあたりわかりやすいイメージを付与しただけなのだろうと思う)、せっかく面白いものを発掘したので、以下に掲載してみようと思う。
「声優・茅原実里からみるアイドルの見た目と楽曲の関係」
≪目 次≫
第Ⅰ章 はじめに
第Ⅱ章 アイドルの見た目と楽曲の関係
第Ⅲ章 「HEROINE」と「Contact」
第Ⅳ章 おわりに
第Ⅰ章 はじめに
本レポートでは女性声優であり歌手でもある茅原実里を取り上げ、レコード会社を移籍する前後の見た目の変化によって、どのように見た目のイメージが変わり、歌う楽曲も変化していったのかを考察したい。
茅原実里(ちはらみのり)とは2003年頃から活動している女性声優であり、2004年からは歌手活動を行っている。2006年「涼宮ハルヒの憂鬱」に出演し番組の音楽プロデューサーである斎藤滋氏と知り合う。これがきっかけとなりレコード会社をキングレコードから斎藤氏の所属するランティスに移籍し、本格的に歌手活動を開始する。2010年には武道館公演を成功させるなど、精力的に活動するいわゆるアイドル声優である。
何故茅原実里からアイドルの見た目と楽曲の比例を研究しようと考えたのは、キングレコード時代のファーストアルバム「HEROINE」とランティス移籍後のファーストアルバム「Contact」のCDジャケットのイメージが大きく異なっているからだ。そして楽曲も「HEROINE」と「Contact」それぞれがCDジャケットのイメージに沿ったような曲作りをしており、ランティスでは「Contact」のイメージのまま今に至っている。そこで私は、アイドルを売り出す際に「見た目のイメージと楽曲が比例する必要があるのではないか」と考えるようになった。このレポートにより、アイドルの見た目と楽曲の比例の重要さについて発見できれば幸いだ。
第Ⅱ章 アイドルの見た目と楽曲の関係
まずここでは茅原実里以外のアイドルを例にして、見た目と楽曲のイメージが比例しているかどうかを考察する。
まずは山口百恵だ。山口百恵は「スター誕生!」は1971年から1983年まで放送された日本テレビの視聴者参加型のオーディション番組から1973年にデビューした。彼女は森昌子、桜田淳子とともに「花の中三トリオ」と呼ばれ日本の昭和のアイドル界において一世代を築く。山口百恵と言えば、プレイバックPart2やいい日旅立ちなど童顔にそぐわない衣装をまとい、年齢にそぐわない楽曲を歌っているイメージが強いが、デビュー曲は清純派路線であった。デビュー曲「としごろ」では可愛らしい雰囲気のまさしくアイドルを彷彿とさせる。しかし2枚目のシングルの「青い果実」をきっかけに少しずつ「青い性」路線と呼ばれる性的な早熟さを前面に出していくようになる。CDジャケットも「としごろ」で見られる可愛らしさや笑顔は抜け、大人っぽさや妖艶さが現れてくる。
次はピンク・レディーである。ピンク・レディーも山口百恵と同じく「スター誕生!」から1976年にデビューした。オーディション時のピンク・レディーの二人は今のイメージから想像もつかないような地味なものであったようだ。太田省一の『アイドル文化論』によれば、「揃いのサロペットを着て、フォーク調の歌を、特に派手なアクションもなく、さわやかに歌ったのである」とある。レコード会社の意向はオーディションのイメージそのままにフォーク調、グループ名も「白い風船」という形で決まりかけていた。だが、グループ名は「ピンク・レディー」、デビュー曲は「ペッパー警部」。服装もミニスカートで肌を露出したセクシー路線で詞の内容もカップルが野外でいいモードになったのを「邪魔をしないで」とペッパー警部に反発するというこれもまたセクシー路線である。
最後に中森明菜を例に挙げる。彼女はいわゆる「華の82年組」と呼ばれる1982年にデビューしたアイドル歌手のひとりだ。82年組は他にも小泉今日子、堀ちえみ、早見優など今でも昭和のアイドルとして名の挙がるそうそうたるメンバーが含まれている。中森明菜は山口百恵の後継者にふさわしい人物といわれている。何故ならデビュー曲「スローモーション」と2枚目の「少女A」で山口百恵ほど露骨ではないが路線を変えているからだ。「スローモーション」のジャケットはまるで1980年にデビューした松田聖子を彷彿とさせるような雰囲気を醸し出しているが、「少女A」では一気にボーイッシュな要素を表に出している。
いずれも清純派やありきたりな地味なイメージから派手に、そして個性を出すことによって路線変更を成功させている。昭和のアイドルは実に飽和状態であった。松田聖子のような正統派路線が成功したことにより続々と似たようなアイドルを生み出したものの、結局淘汰されたり、個性派に路線変更することで生き残る必要があったのかもしれない。
第Ⅲ章 「HEROINE」と「Contact」
次に茅原実里のキングレコード時代のファーストアルバム「HEROINE」(2004年)とランティス移籍後のファーストアルバム「Contact」(2007年)を比較し、どのように路線が変わっているのかを考察する。
まず「HEROINE」と「Contact」のジャケットを比較してみたい。「HEROINE」では紅茶やお菓子、丸くピンク色の文字といった「かわいい」要素を多数含む。古賀令子の『「かわいい」の帝国』によると、「かわいいの素」とは「丸い、明るい、柔らかい、あたたかい、小さい、弱々しい、なめらか」なものであるという。「HEROINE」のジャケットからはほぼその要素が感じとられるだろう。しかし「Contact」のジャケットでは全く正反対のイメージを感じとれる。「角ばっている、暗い、硬い、冷たい、大きい、力強い、するどい」印象を受ける。また「HEROINE」では茅原をジャケットいっぱいにアップで撮影しカメラ目線にしているのに対し、「Contact」では引きの全体図で撮影し、目線もカメラから逸らしている。「HEROINE」では子供っぽさや女の子らしさ、典型的な正統派アイドルを意識しているが、「Contact」ではより洗練された女性像を表現し、大人、綺麗さ、アイドルというよりもアーティストらしさを前面に押し出したのではないだろうか。
次にふたつのアルバムの収録曲から比較をする。
≪HEROINE 収録曲≫
01 魔女っ子メグちゃん
02 jelly beans
03 マリオネット
04 傘の下
05 涙の記念日
06 NAKED HEART
07 Emotional
08 粉雪 ~long distance~
09 マリオネット(Remix)
≪Contact≫
01 Contact
02 詩人の旅
03 ふたりのリフレクション
04 純白サンクチュアリィ
05 Dears ~ゆるやかな奇跡~
06 Cynthia
07 sleeping terror
08 too late? not late…
09 夏を忘れたら
10 mezzo forte
11 君がくれたあの日
12 truth gift
「HEROINE」では1曲目にアニメ「魔女っ子メグちゃん」のオープニング曲のカバーを据え、様々な曲調が含まれたアルバムである。「魔女っ子メグちゃん」、「jelly beans」、「涙の記念日」「NAKED HEART」は非常にコミカルで可愛らしく、ジャケット写真と比例するかのようなポップな曲だ。「傘の下」や「粉雪 ~long distance~」のようなバラードもある。作家はアニメソングを数多く作詞・作曲しているゆうまおや、主に柴咲コウに楽曲提供をしている市川淳、歌謡曲の作詞を多く手掛ける小林和子、多くのJ-POPアーティストに楽曲提供している渡辺未来などがいる。歌詞の内容は恋愛を題材したものが多い。
一方「Contact」はエレクトリックな電子音とストリングスを中心とした壮大な始まりだ。「Contact」のアウトロから流れるように続く2曲目「詩人の旅」もストリングスを多用。全体的に打ち込みとストリングスを共存させた形のアルバムとなっている。作家も「HEROINE」とは大きく変わり作詞は12曲中8曲が畑亜貴、残り4曲がこだまさおり、作曲も電子音・ストリングス楽曲を多く手掛けるElements Gardenの菊田大介が6曲、音楽ゲームの楽曲製作を手掛けるTatshが3曲、俊龍が2曲とあくまでランティスに造詣の深いメンバー。そして電子音、ストリングスの作曲が得意なメンバーを集めている。歌詞の内容は恋愛よりももっと大きい愛や奇跡、感謝を表現しているものが多い。
以上のことより、「HEROINE」では少女をイメージとした「かわいい」を前面に押し出し、楽曲も恋愛の曲が多いことから、ポップな曲からバラードまで全てがより「女の子」を強調し、身近で且つ多感な思春期を表現しているのではないかと考察する。一方「Contact」では電子音とストリングスを使用しまるで異世界にいるような感覚を伴わせ、冷たいイメージを持たせながらも楽曲自体はあたたかみのあるものが多いというテーマを統一させることで、遠くにいるようで近い神秘性を持たせているのではないかと考察する。
第Ⅳ章 おわりに
第Ⅰ章において、「アイドルにおいて売り出す見た目のイメージと楽曲が比例する必要があるのではないか」という疑問を抱いたが、第Ⅱ章において昭和のアイドルを例に挙げ、今も昔もアイドルは飽和しきった正統派では売れないと判断した時に個性的な方面に見た目も楽曲もシフトすることでテコ入れをはかっていたことを明らかにした。そして第Ⅲ章で実際に茅原実里作品を比較することでより第Ⅱ章で明らかになったことを目の当たりにすることが出来た。以上のことより、アイドルはただ「かわいい」だけでなく、見た目や楽曲の力がうまく自分とマッチした時に初めてブレイクすることが出来るとわかった。山口百恵も、ピンク・レディーもその変化がうまく自分に合っていなければここまで伝説的に売れることも無かっただろう。
『あにみゅ!』というアニメの楽曲に携わる人物のインタビュー記事を数多く載せる雑誌に、第Ⅰ章で述べた斎藤滋氏が「HEROINE」に収録されている「マリオネット」の系統の楽曲が合っているのではないかというイメージをもっていたようだ、と茅原は述べている。「マリオネット」は「HEROINE」の中では特に異彩を放っている楽曲で、ランティス移籍後の茅原の楽曲といっても遜色のない打ち込みを使用した楽曲である。このようにイメージを変える前に何らかの打算がなければ成功しないことがわかるだろう。
茅原実里は今年のはじめに「D-Formation」という「Contact」に原点回帰をするような打ち込みを多用したアルバムを発売した。茅原実里といえば打ち込みとストリングス、というイメージで今もアイドル声優界の中で確固たる地位を守っている。このようにイメージというものはとても重要なもので、だがそれが本人に本当に合うものでなければ意味が無いということがわかった。今回は女性アイドル中心で調べたが、男性にも同じような傾向はあるだろう。特にヴィジュアル系バンドのメイクが薄くなったときに楽曲イメージが大きく変化することがある。男性は女性とどのように違う点があるのか、はたまたほぼ女性と同じような現象が起こるのか、機会があれば調べてみたいと思う。
参考文献リスト
・あにみゅ!編集部『あにみゅ!2011年秋号』学研マーケティング 2011年 2~30ページ
・太田省一『アイドル進化論』筑摩書房 2011年 60~62ページ、112~113ページ
・古賀令子『「かわいい」の帝国』青土社 2009年 12~14ページ
文字数:4736文字
平成24年7月23日
以上である。
多少読みづらい部分は加筆修正したが、基本的な内容はそのまま6年前のものをコピーアンドペーストした。何故このレポートは全角文字にこだわっていたのだろうか…。
さて、6年前といえば2012年。まだ事務所もエイベックス・プランニング&デベロップメントであった時代だ。
今思えば、D-FormationツアーでCMBの大きなメンバー編成があったことが大きな話題になっていた時期。むしろそれくらいしか大きなニュースは無かったのではないだろうか(個人的にはライブイベントが多く楽しい時期だったと記憶している)。
6年経って、衰えるどころか「今が一番精力的」という活動を続ける彼女には、基本的に頭が上がらない。そして、このレポートを書いていた時期に抱いていたようなイメージを良い意味で打破し続けているのも、すごい。
ただ、「HEROINE」も「Contact」も確かにあの瞬間の彼女でなければ生み出せなかったものなのだろう。「今が一番」を生み出せる人は、必ず「あの時も一番」を生み出していた人に、他ならないからだ。
断続的にずっと同じものが好きだと自分の中のわずかな変化には気付きにくいものだが、レポートをひっくり返してみて、改めて自分の中での彼女の捉え方もポジティブに変化していっていることに気付くことが出来たので、平成24年7月23日の自分に感謝の気持ちでいっぱいである。
2004.12.22 RELEASE 茅原実里 「HEROINE」 ※現在廃盤?の模様
2007.10.24 RELEASE 茅原実里 「Contact」