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再演
ヨルシカ LIVE TOUR 2022「月光 再演」
青年が最後の手紙と詩を書き終えた、その後の一瞬の話。それを描き表したエルマの話を、この記事ではします。
メロディが畳み掛ける。白いワンピースが崩れ落ちる。
感情の波が見えた。歪みが見えた。終わりが見えた。
3/30,31 東京ガーデンシアター ヨルシカ
二公演を観たレンズの、その奥にある主観。
先駆けて言うと、これはライブレポートとは異なる。何か有益な情報がある訳ではない。寧ろ不利益だけを生むかもしれない。それでもただの一瞬に、見えた光の温かさに、捧げられた音楽と詩に。
3/30
幕引きの曲、「だから僕は音楽を辞めた」。
芸術至上主義を標榜する青年エイミーが、音楽を、人生を、信仰を、神様を、辞める曲。
それは同時にきっと、エルマと云う人物の音楽と詩を至上に掲げ、月明かりにも似たその美しさを表現した曲。他人を排し、自分を排し、ただ一つの無謬の光を求める曲。
歌い始め、声が震えていた。それは明確な死を表現しているように感じられた。避けられない不条理。或いは摂理。哀れみに涙が誘われる。花緑青のくだりを連想する。ピアノの音色は青天井を歌っている。音階の盛り上がり、否定的な言葉で自らを責め立てる詩。そして、サビの排他的な歌詞。
間違ってるんだよ
わかってないよ、あんたら人間も
本当も愛も世界も苦しさも人生もどうでもいいよ
やけになって自他を否定しながら、同時に何か一線を画した先のものへの信仰が垣間見える。
青年のその信仰の強さこそが自他を否定する。間違っている、防衛本能、どうでもいい。罵倒、糾弾、排斥。青年の音楽は、青年自らをも含有した人間と云う概念を攻撃して、回る。
鍵盤が鮮やかに打たれ、曲は二番に入る。
消え入りそうになりながらもメロディに沿った声、いつか死んだらと云う詩、将来何もしてないと云う詩、断絶を想起させる。死への否認がそこにはあった。
もう先のない自分の、未来ある幸せそうな人間への、化け物みたいな劣等感!
それから二番のサビに入ると歌詞は再度、人間の崇高さを否定しに掛かる。愛や救いや優しさを否定しに掛かる。
メロディが畳み掛ける。白いワンピースが崩れ落ちる。
演奏は暫し続いて、しかし歌詞は続かなかった。
人間への否定はなかった。
感情の波が見えた。歪みが見えた。終わりが見えた。
後方でギターを弾いていた青年が駆け寄る。楽曲の音も止んだ。
演出だろうか。しかしそこには焦燥の感が見える。青年はエルマの肩を担いで舞台袖へと引いて行く。これが台本ではない事に気付かされる。
全てが止まる。運営から、状況を確認中というアナウンスが入る。楽曲「だから僕は音楽を辞めた」には似合わないセットが、舞台上で照らされている。観客はめいめい動揺して、心配している。しかしその中で、同じように動揺して、心配して、何かに祈りながらも、それよりも、浸々と美しさを感じている者がいた。
3/31
LIVEは予定通り開催された。
──僕らは鯨だ!
──欠けてしまった何かを探している。
青年のポエトリーが劇の始まりを告げる。
演奏開始と共にライトに照らされるボーカル、毅然とした立ち姿がそこにあった。
AL「だから僕は音楽を辞めた」,「エルマ」の楽曲が、さながら走馬灯のように過ぎて行く。
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インストゥルメンタル「海底、月明かり」を超えて「憂一乗」に差し掛かった頃、誰かに誰かが憑依していた。昨日見た人物と同じ匂いがした。隣には青年が座っている。彼女だけが水底から立ち上がる。気泡が、泡ぶくが見える。逃げよう、と云う思いが海底で浸透する。別れの予感が伝わってくる。
深海からの浮上「ノーチラス」。
桟橋でエルマに残した、青年エイミーの詩。
何処までも素直な感情と音で、さよならの速さで顔を上げて、と歌い上げるエルマ。
心が頭上の月明かりを向く。
幾重にも折り重なる互いの想いはやがて融合し、一つ作品として完成される。
そして曲が終わると、深海からの映像が映る。
エイミーの、ポエトリーが入る。
──ずっと見えていたこの光は。
──全ては、僕の見る走馬灯か。
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「だから僕は音楽を辞めた」。英題では“Moonlight”と名付けられる、月光を意味した幕引きの曲。
3/30は震え混じりの声で始まったと思うが、3/31は迷いがそこまでなかったように思う。
画面に映し出される勢いで書き殴るような歌詞。ギター、ベース、キーボード、ドラム、刻む強い音。又は儚い音。
一番サビの“わかってないよ”と云う否定も、皮肉的でありながら直情的で、葛藤の末に言い放つ言葉として、どこまでも素直。
続いて二番、死の否認や劣等感、淡く緩やかな浮き沈みを経て、サビに入る。
間違ってないよ
なぁ、何だかんだあんたら人間だ
愛も救いも優しさも根拠がないなんて気味が悪いよ
崇高なもの、美しいものを蔑ろにする人間の態度を、正当化する詩。無論皮肉ではあるが、同時に実感に即すような歌詞。青年は人間をこそ蔑んでいる。
ラブソングが痛い、防衛本能。美しいメロディに排他的な言葉を乗せるエルマ。あんたのせいだ、と彼女が歌い上げたその時、この曲は終わりに向かっているのだと、エイミーは確実に事切れるのだと、知った。
そもそも東京1日目でsuisさんが倒れたのに「月光」と云う作品を結び付けるのは間違っているのかもしれない。
貧血状態、酸欠による過呼吸、歌い方や仕草からそういう症状だろうと推察は出来ても、そこに彼女のどんな思いが関係していたのか等、我々には語り得る筈がない。
休憩の少ない中で熱量を上げて歌う辛さ、大勢の観客を前にする緊張感。単純に物量的に計り知れる負担はあるが、それ以外の事を他人が語るのはナンセンスである。天国に手を伸ばそうとした好奇心の先にあるのは、ただ夏空に浮かんでいるだけの入道雲である。
それでもああも真剣そうに、序盤から力強く歌い上げる姿を思い起こすと、倒れるのは必然だったろうな、と考えてしまう。
環境面や、suisさん自身の体力面、精神面だけでなく、それはきっと、彼女が一番良くこの作品を知っている人の一人だからなのだと、身体の奥、喉の真下に棲んだ誰かに、憑依し、憑依されていたからなのだと、あの公演を観てからずっと、そう邪推して止まない。
必然と言えば更に、倒れるsuisさんにn-bunaさんが駆け寄ったのも又、そうだったのだろう。
バンドメンバーやスタッフの、多大な尽力があったのだろう。立て直して登壇するヨルシカ、観客による嵐のような拍手。それらの過程には「月光」のコンセプトとも何処か似ついた部分があって、LIVEの時間と空間、全体を通して作品として見えた。
復活を果たしたsuisさん、エルマに、数瞬の間キリストを投影しそうになった。けれどもそんな思考は直ぐに吹き飛ぶ。彼女には芸術の神様が内在していた。
詩と音楽と、数多の概念が複雑に絡み合ったこの作品を、記号化して計算して割り切れるのかと言えば、きっとそうではない。いや、仮にそうなのだとしても、このレンズに映るものを錯覚だと否定し得る言葉は、数字は、根拠は、どこにだってありはしない!
間違ってるんだよ わかってるんだ
あんたら人間も
本当も愛も救いも優しさも人生もどうでもいいんだ
一つ一つの歌詞が非常に力強く、そして美しく歌い上げられた。その否定は、観客をも巻き込んで皆が間違っていると訴え掛けるようだった。
本当、愛、救い、優しさ、人生。それらをも排斥する。人間には正しい答えが言えないと、この歌詞さえも間違っていると、正解を言葉にできない自分は防衛本能の備わった、人間の枠組みを超えられない存在なのだと、そう主張する。
そして、嗚呼、と云う声音が、会場に響き渡る。その力強さ、美しさはどこまでも伸びて行くようであり、しかしそうでないのなら、直に終わってしまうのだとわからされる。
エイミーがこの作品に意図するところをエルマはちゃんとわかって歌っているのかと言えば、ちゃんとわかってはいないのかも知れない。それでもこの詩を、この曲を歌うのに、彼女に様々な言葉と感情が押し寄せたであろうことは言うまでもない。
曲の最終番、青年の吐露によってこの走馬灯は幕を閉じる。「だから僕は音楽を辞めた」。自らの人生を捧げた音楽さえも辞め、それでも残るものとは何だろう。あれだけ他人を否定しながらただ一人、“僕は”と銘打ち、では音楽を辞めない人間とは一体何だろう。
エルマによって「辞めた」と歌い上げられたその時、それが少しだけ、わかったような気がした。
3/30と3/31の「だから僕は音楽を辞めた」を、仮に録音して分析すればきっと、差別化出来る点は多く存在するのだと思う。けれども二番のサビあたりからは2日間の記憶が交じり合って、一つの完成系として曲が出来ているように錯覚している。それぞれ違う点もあったのだろうが、この脳内では記憶が融合して同じものとして、「月光」と云う作品として成り立っている。
そんな想像が成り立つのは、ただ、こうして「再演」してくれたからに他ならない。今回のTOURを開催してくれた事、倒れた後も登壇して最後まで歌ってくれた事、その上で堂々と千秋楽を歌い切ってくれた事。それは「再演」と表すに相応しい。
毅然とした立ち姿も、作中の起き上がる演出も、全ての曲も、思想も、詩も、声も、温かな月光みたいな走馬灯も、全部があの白いワンピースの崩れた瞬間に収斂され、そこからまた散りばめられたような、そんな感覚がしている。
様々な事に心が痛みながらも、エルマとともに顔を上げられるような、そんな一瞬の話だった。
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