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第78回奥沢de寺子屋草莽崛起塾 幕末の剣豪 心技体を貫いた 島田虎之介の生き様】無事終了


第78回奥沢de寺子屋草莽崛起塾 幕末の剣豪 心技体を貫いた 島田虎之介の生き様】無事終了

『剣心一致』剣は心なり

心正しからざれば剣又正しからず

剣を学ばんと欲すれば先ず心より学ぶべし

今回初めて江戸の三大剣豪の一人「島田虎之介の生き様」を紹介させて頂きました。感じたのは ただ剣が強いだけでは 認められない 心と道理 倫理性も備わって初めて 人として認められ 剣豪あるいは剣聖と世間からも認められ 後世まで語り継がれる。

まさしく島田虎之助は 剣は九州・東北・江戸・関東に武者修行の旅に出て 沢山の方とご縁を結び 16歳の時に初めての敗北(江戸の三大剣豪の一人 柳川藩 大石進)から 心の修行 禅の道に開眼 そして書と儒教を学び またさらに蘭学まで学んだそうです。まさしく人格の向上をめざしました。

そしてあの勝麟太郎(後の海舟を剣と禅で育てました。(修行は4年間)後に海舟はこう述べています。「この座禅と剣術とがおれの土台となって後年大層ためになった。瓦解の時分(幕府瓦解のとき)、万死の境を出入して、つひに一生を全うしたのは、全くこの二つの功であった(氷川清話)」。かなり厳しい修行だったそうです。昼は剣術 夜も王子権現で行ったそうです。禅は弘福寺で修行しました。また蘭学を学んで西洋兵学を知ることもアドバイスしております。先見の眼もあったのです。

最後に 剣聖と言われた直心影流・男谷精一郎(おたに せいいちろう)との出会いが虎之助の人生の大きな転機だったと思います。「三尺下がって師の影をふまず」という姿勢で常に師匠(男谷)とかかわっていたそうです。

残念ながら 胃の病気(胃がん?)で39歳で没しましたが もう少し長生きしていたら 幕末の志士達とのかかわりを見たかったです。 ありがとうございます。

そして 今回のお料理も最幸でしたが 特に

今澤 昭子さんの心がこもった

菊花椀

冬瓜 やわらか鶏胸肉の塩麹ハム

胡麻 桜エビの蒲鉾 しめじ茸 柚 など

長陽の節句の食べれなかった菊のお料理食べれて幸せでした!

かんながら ありがとうございます

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