人生に疲れた人たちへ
case1 順風満帆な男
中島武(なかじまたけし)は今朝も通勤電車に乘り乍ら生命力をいいように吸い取られていた。周りの人々に圧迫され迷惑を懸けまいと、必死で微動だにしないように体を硬直させ緊張させてもいた。
決して一流とはいえない大学を卒業し、企業戦士と呼ばれるようになってから28年もの歳月が流れ去った。若い頃は自分が50才などという年齢に
なろうなどとは全く考えたことがなかった。ひょっとしたらこのまま自分は若いままなのではないのだろうか?齢など取らないのではないのだろうか?
そう思っていたのだった。
いや。それは嘘なのだ。
本当は何も考えていなかった。
それが正解だった。
若い頃というのは普通どうしても思慮が足りないものだ。
そう。中島も20代、30代、40代、を猪のように目蔵めっぽう突進してきたようなものだった。
だから何も見なかったし、何も考えなかったのだ。
だがそのことによって中島に非があるのかといえば、そんなことはないのではないのだろうか?
若さとは多かれ少なかれそういうものだし、いやそうであるべきなのではないのだろうか?
ともかく中島には二人の育ちざかりの子供がいた。
だから好むと好まざるとに関わらず中島は現在の生活をどうしてもつづけなければならなかった。
ある意味で中島の人生は順調だった。
幼稚園の頃から親の希望どうりのレールの上を疑いもなく走ってきた。
そして50歳になった今では大手食品会社の部長の椅子を得て、それなりに
満足してもいた。
だがある日、中島は気がつくと、ウォーンウォーンと大声を出して自分の部屋で泣いていた。
なぜ泣いてしまうのか中島にもその理由はよくわからなかった。
それは毎晩のように続いた。
中島は自分がそれほど不幸ではないと