すべて仕組まれたこと
第一章
1
木ノ原美奈はベッドで仰向けになると、躊躇することなくスマホを使って出会い系サイト(真実の愛)にアクセスした。
「なにが真実の愛よ。ただの売春斡旋宿みたいなもんじゃない」
ブツブツと文句をいいながらも、美奈は今日の男を物色し始めた。
「顔はイケメン揃いか。まっ、オツムは三歳児以下だけどね」
美奈は大きなためいきをひとつ吐いた。
美奈は都立高校の2年生。恋人がいるが当然のように売春をやっていた。別に罪悪感や後ろめたさなどは微塵もなかった。つまり美奈のバックボーンが男に対する絶望感とその男たちが作った社会に対する憎しみで満ち溢れていたからだった。
「美奈」
「馴れ馴れしく呼ぶなよ!」
学校の屋上で美奈の恋人でクラスメイトの岡島正彦は面食らって思わず食べかけていたサンドイッチを地面に落としてしまった。
「あのなあ、俺たち恋人同士なんだぜ。名前くらい呼んだって」
「認めん!」
「認めんって。おまえはどっかの侍か」
正彦は呆れたような顔でため息を吐いた。
美奈は正彦にだけときどきこんな態度をとった。
なぜだかはわからなかった。
ただ正彦だけは美奈の良いところも悪いところもすべて受け入れてくれるような気がするからなのかもしれなかった。
「ねぇ、マサヒコ」
「何ですか、お嬢様」
「茶化すなよ」
「別に、茶かしてなんかいねえよ」
マサヒコがネットにもたれかかった。
「わたし、ときどきすごくこわくなることがあるんだ」
「お化けでも見るのか?」
「バカ、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、なんなんだよ」
マサヒコが少し苛立ったような声を出した。
「いいよ、もう」
美奈の脳裡に男に対するどうしようもない嫌悪感がまたよぎって、急にマサヒコと話をする気が失せてしまったのだった。
「な なや 」
「えっ?」
ジェット機が上空を飛んで行った。
マサヒコの声が聞き取りにくかったのはそのせいだろうと美奈は思った。
2
「よかったよ」
ラブホのベッドで身綺麗なオッサンが囁いた。
「きみ、すごいテクニック持ってるね。僕で何人目?」
「うるせぇな」
美奈がすごんだ。
「いいか、おっさん」
「なっ、なんだい?」
「あたしはムチャクチャすごい性病持ってんだ」
オッサンがスッと青ざめて小刻みに震え始めた。
「冗談はよそうよ」
「百万払えよ。ワクチン渡してやっから」
「そっ、そんな、二万の約束じゃあ」
「そんな安くねぇんだよ!あたしの体は!」
美奈が両手でオッサンの首を絞めながら揺さぶった。
「わっ、わかったよ。わかった」
オッサンは近くに置いてあったバッグの中に右手を突っ込もうとした。
そのとき信じられないことが起こった。
オッサンが右手の先から消え始めたのだ。
さすがに美奈もこの光景には動揺を隠せなかった。
「ワッ、ワッ、ワッ」
意味不明のことばを口から発して、その場にへたり込んでしまった。
少ししておっさんは完全にこの世から消えてしまった。
3
「どうしたの? 幽霊でも見た?」
図書館で昨日の奇妙な現象を調べていると、親友の朝めぐみがやってきて心配そうな顔をしながら質問した。
「ううん、何でもないの。ありがとう」
「そう」
めぐみはそういうと、美奈の向いにすわった。
「なに真剣に読んでるの?」
「ねぇ、めぐみ?」
「なに?」
「あのね」
美奈は読んでいた本を閉じて、机の上に静かに置いた。
「目の前で人が消えたんだ」
「まあ」
「ヒントちょうだい」
美奈がそういうと、めぐみは真剣な顔になった。
「量子コンピューターって瞬間移動と関係があるらしいよ」
「瞬間移動」
美奈も瞬間移動については聞きかじった覚えがあった。
だが、瞬間移動などというのはSFの世界でしか今でも使われていないような絵空事なのではないのだろうか? 美奈は疑問をめぐみにぶつけてみた。
「quantum computer」
「えっえっ?」
「量子コンピューターのことよ」
「あっ、ああハハハ」
美奈は愛想笑いをした。
「量子力学的な重ね合わせを用いて並列性を実現すると
されるコンピューターが量子コンピューターよ」
「もういったいなにがなにやら」
美奈が参ったというように両手を肩の辺りまであげた
「量子テレポーテーションっていうのがあるの」
「はあ」
「ケーブルも使わずに量子のもつれ状態を利用して情報伝達を行うことよ」
「っそうですか」
「この技術を用いて我々人間のような有機生物の中身を転送できる可能性
が見えてきたっていうわけ」
「なるほど」
美奈はめぐみのレクチャーにひどく感心していた。
「まあ、まだ実験段階ではあるんだけどね」
「ところで」
「なに」
「めぐみ、アンタまだ処女だってホント?」
美奈がそういうとめぐみは顔を真っ赤にして怒ったような顔になった。
「有名だよ。東京23区の女子高生でバージンなのはアンタだけじゃないかって」
「美奈のバカ!」
そう言い残してめぐみは図書室から出ていった。
「本当だったんだ」
美奈が信じられない思いでつぶやいた。
4
「おっさんが消えた?」
屋上でマサヒコが嘲るような声を出した。
「そう。見事にね」
美奈はフェンスから遠くに目をやりながら昨日の光景を思い出していた。
「へっ、へっ、へっ、へっ」
マサヒコが突然、笑い始めた。
「なっ、なんだよ」
美奈は少し気味悪くなって、思わず身構えた。
「いや、わるい、わるい」
マサヒコは両手で美奈をせいするようにすると
ひとつ咳払いをした。
「いやな、
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