
原状回復費用と簡易課税についての一考察
不動産賃貸業をしていると、賃借人が入れ替わるときに原状回復費用が発生します。賃貸人は、賃借人との契約解消時に、敷金や保証金から一部を差し引いて支払います。そして、この一部差し引いたものは収入として計上することになります。原状回復費用に係る収入です。
この収入、消費税法では対価性があるとして課税取引と整理されています。以下の国税庁の質疑応答事例や裁決でも同様の見解が示されており、その取扱いは浸透しているかと思います。
事例
【照会要旨】
当社はマンションの賃貸を行っており、貸付けに当たって保証金を徴しておき、賃借人が退居する際には、当社において原状回復工事を行い、これに要した費用相当額をその保証金から差し引いて、残額を返還することとしています。この保証金から差し引くこととなる原状回復工事に要した費用相当額は課税の対象となりますか。
【回答要旨】
建物の賃借人には、退去に際して原状に回復する義務があることから、賃借人に代わって賃貸人が原状回復工事を行うことは賃貸人の賃借人に対する役務の提供に該当します。
したがって、保証金から差し引く原状回復工事に要した費用相当額は課税の対象となります。
いろんな裁判があるかも知れませんが、平成21年4月21日裁決では下記のように示されています。
争点1(本件合意金は、消費税の課税資産の譲渡等の対価に該当するか否か。)について
イ 法令解釈
(イ) 消費税法第4条第1項は、消費税の課税の対象を「国内において事業者が行った資産の譲渡等」と規定し、同法第2条第1項第8号は、「資産の譲渡等」について「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供」と規定している。
(ロ) そして、消費税は、消費行為そのものに担税力を見いだすものであり、「対価を得て行われる」消費行為が課税の対象となり得るものであり、ここにいう「役務の提供」の範囲は、「対価を得て行われる」と認められる「便益」の提供等、消費の対象となる「サービスの提供」を広く包含すると解される。
ロ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ) 本件合意書は、その内容からすると、本件契約が平成17年7月17日をもって終了することを前提とし、敷金返還請求権と原状回復費用との関係を整理するための合意を表したものであることは明らかであり、本件賃借人が、第3項において、敷金が原状回復の費用に充当されることを認め、第4項において、原状回復費用としてさらに○○○○円を支払うことを認め、その余の債務関係が存在しないことを確認(第7項及び第8項)している。
(ロ) このことからすると、本件合意は、請求人と本件賃借人の間において、本件賃借人の原状回復義務を消滅させる一方で、本件賃借人に一定の経済的負担を負わせること、すなわち、本件賃借人が本件敷金を本件物件の原状回復費用に充当することを認め、さらに本件追加金を支払うことにより、原状回復義務に関わる法律関係を整理したものである。
(ハ) そうすると、請求人は、本件合意により、本来であれば本件賃借人において負担すべきであった「原状回復義務」を消滅させることを「便益」の提供として消費税法上の「役務の提供」を行ったことになり、また、そのために原状回復費用に充当されることとなる本件敷金(○○○○円)と本件追加金(○○○○円)の合計額○○○○円が、本件賃借人の「原状回復義務を消滅させる」という「便益」を提供するための反対給付、すなわち「対価」に該当することから、本件合意金は、消費税の課税資産の譲渡等の対価に該当する。
(ニ) なお、請求人は、本件賃借人は原状回復費用に充当するために本件合意金を請求人に預託したもので、原状回復工事をしなくてよいという「便益」は享受していないし、仮にそれを便益の享受とみても、本件合意金の大部分は原状回復工事業者に支払われるべき性質のものでその対価ではなく、本件合意金は預り金である旨主張する。しかしながら、上記(イ)で述べたとおり、本件合意金の支払により、本件賃借人、請求人間にその余の債務関係が存在しないことが確認されており、実際に原状回復工事を行っても、その費用を本件賃借人との間で清算することは予定されていないのであるから、本件賃借人は、本件合意により原状回復義務の消滅という「便益」を受けているというべきであり、本件合意金の大部分が原状回復工事業者に支払われるとしても、それは、当該支払に対する消費税が課税仕入れとして仕入税額控除の対象になり得るものであることを意味するに過ぎない。したがって、本件合意金を預り金とする請求人の上記主張には理由がない。
いずれも、原状回復費用に係る収入が、消費税法上課税なのか課税ではないのかが争われた場面において、賃貸人から賃借人に対する役務提供=課税としております。
簡易課税の事業区分は?
では、事業者が不動産賃貸業で簡易課税を適用している場合、この原状回復費用に係る収入は第何種に該当するのでしょうか。上記質疑応答事例や裁決にはそこまで書かれておりません。以前書いた記事にあるフローチャートに従って判断していきます。
原状回復費用に係る収入とは?
その前に、原状回復費用に係る収入の内容について確認をしたいと思います。先ほどの裁決文において、取引の内容を整理しています。
請求人は、本件合意により、本来であれば本件賃借人において負担すべきであった「原状回復義務」を消滅させることを「便益」の提供として消費税法上の「役務の提供」を行ったことになり…
前提によりこの解釈ではなくなる可能性がありますが、解約時に保証金などから差し引いて得る収入は「原状回復義務を消滅させるための便益の提供」としています。
検討
では、この取引がどの事業区分に当てはまるのか見ていきましょう。
① 第一種と第二種
簡易課税の事業区分は、日本標準産業分類を元に判断していきますが、その前に第一種か第二種の該当性から判断します。第一種と第二種は消費税で定義されており、日本標準産業分類に当てはめて判定することはありません。
第一種か第二種の場合は、購入したものの性質と形状を変更しないで譲渡する場合です。その上で、相手が事業者かそうじゃないかを確認します。
今回の原状回復費用に係る収入はものの販売ではないので該当しません。
② 第三種
賃貸人は、原状回復費用として収受したものを原状回復のための工事代金と認識しているのではないでしょうか。工事代金なのだから第三種といえるように思います。
ところで、簡易課税の事業区分は、先述したように、第三種以降は日本標準産業分類に則って当てはめていくということでした。
たとえば、日本標準産業分類の建設業の中に内装工事業(0782)があります。
内装工事業
主としてテックスその他繊維板のはり付け工事,壁紙工事,その他建築物及び船舶内部の装飾工事を行う事業所をいう。
原状回復として壁紙を張り替えるから該当するように思えます。
ただし、疑問点がいくつかあります。
②-1 日本標準産業分類の当てはめが正しいのか?
消費税法基本通達では下記のように示しています。
消費税法基本通達
(第三種事業、第五種事業及び第六種事業の範囲)
13-2-4 令第57条第5項第3号《事業の種類》の規定により第三種事業に該当することとされている農業、林業、漁業、鉱業、建設業、製造業(製造小売業(自己の製造した商品を直接消費者に販売する事業をいう。以下13-2-6及び13-2-8の2において同じ。)を含む。)、電気業、ガス業、熱供給業及び水道業(以下「製造業等」という。)並びに同項第4号の規定により第五種事業に該当することとされている運輸通信業、金融業、保険業及びサービス業(以下「サービス業等」という。)並びに同項第5号の規定により第六種事業に該当することとされている不動産業の範囲は、おおむね日本標準産業分類(総務省)の大分類に掲げる分類を基礎として判定する。
小分類ではなく大分類で判断するとしています。では、建設業の大分類を確認してみましょう。
大分類D-建設業
この大分類には,主として注文又は自己建設によって建設工事を施工する事業所が分類される。
ただし,主として自己建設で維持補修工事を施工する事業所及び建設工事の企画,調査, 測量,設計,監督等を行う事業所は含まれない。
建設工事とは,現場において行われる次の工事をいう。
(1) 建築物,土木施設その他土地に継続的に接着する工作物及びそれらに附帯する設備を新設,改造,修繕,解体,除却若しくは移設すること。
(2) 土地,航路,流路などを改良若しくは造成すること。
(3) 機械装置をすえ付け,解体若しくは移設すること
日本標準産業分類の小分類から建設業に該当しているように思えたとしても、そもそも大分類の除外されていないでしょうか。大分類では「自己建設で維持補修工事を施工する事業所及び建設工事の企画,調査, 測量,設計,監督等を行う事業所は含まれない。」と、自ら建設した場合の維持補修工事は建設業に含まれないとしています。自己の不動産の現状回復費用はここに該当しないように読めます。
そもそも、自己が所有する資産の修繕で、修繕費の一部をその資産を使用した人に負担させることが、事業として成り立つのか?という疑問があります。他方で、所有者が設立をした管理会社が原状回復工事をする場合は内装工事業に該当するのか?という考え方もあります。
日本標準産業分類に法的な拘束力があるのかと問われると、法源ではないし指摘があると思いますが、それは日本標準産業分類を元に「内装工事業に該当するから第三種」と主張することを否定することになっているように思います。
②-2 原状回復費用に係る収入は工事代金なのか?
裁判では「原状回復義務の消滅による便益の提供」としています。義務の消滅による便益の提供としていることから、工事代金ではないです。工事代金でないなら建設業ではないことになります。
また、この収入の詳細、たとえば壁紙を貼り替えたとか貼り替えなかったとか、クリーニングをしたとか、工事内容は賃借人に示されるのかという点も気になります。とりあえずお金は貰って、あとは実際の工事次第で壁紙を貼り替えたら第三種、クリーニングだけなら第五種となっていないでしょうか。もしそうだとすれば、この収入を得る取引は工事なのでしょうか。工事業者に支払う工事内容次第で収入の事業区分が変わってしまうことに違和感があります。他方で、工事代として収受する分には第三種に該当する可能性があるように思います。
③ 第五種
第五種に該当する可能性があるとすれば、クリーニング代だった場合と原状回復義務の消滅の提供がサービス業といえるのかという点ではないでしょうか。
なお、建物の清掃であればその他の建物サービス業(9229)というのがあります。
その他の建物サービス業
主としてビルなどの建物を対象として清掃,保守,機器の運転,その
他維持管理についてサービスを提供する事業所をいう。 建物の消毒及び白ありなどの害虫駆除を行う事業所も本分類に含まれる。 ただし,ビルを対象として清掃,保守,機器の運転を一括して請負い,これらのサービスを提供する事業所は細分類 9221 に分類される。 ○床磨き業;ガラスふき業;煙突掃除業;住宅消毒業;害虫駆除業;ビル清掃業; 建築物飲料水管理業;建築物清掃業;建築物排水管清掃業 ×ビルメンテナンス業[9221];ビルサービス業[9221];清掃業(一般廃棄物収集・ 処理業)[881];清掃業(産業廃棄物収集・処理業)[882]
ビルの管理という点でいえば、不動産管理業(6941)があります。
不動産管理業
主としてビル、マンション等の所有者(管理組合等を含む)の委託を受けて経営業務あるいは保全業務等不動産の管理を行う事業所をいう。 ただし,所有者の委託を受けて駐車場の管理運営を行う事業所は駐車
場業[6931]に分類される。 ○不動産管理業;ビル管理業;マンション管理業;アパート管理業;土地管理業 ×ビルメンテナンス業[9221]
クリーニング代は他にも該当する業種があるかもしれません。ただし、クリーニング代については②-2に書いたことと同じ疑問が生じるように思います。そして、第三種の説明と同様、クリーニング代として保証金から差し引いているのであれば第五種に該当する可能性があるように思います。
④ 第六種
「原状回復義務の消滅による便益の提供」が何に附随して発生したものなのでしょうか。それは言うまでもなく不動産賃貸業です。この便益の提供の部分だけを不動産賃貸業ではなく、サービス業として判定するとして、日本標準産業分類のどの産業に該当するのでしょうか、私には今のところ思いつかないです。
それと、ここでいう原状回復というのは自己が所有する不動産を原状回復させるということなんですよね。②で説明をした建設業の大分類の説明で、自己建設の維持修理工事は建設業に該当しないと書いているように、この収入は自己が所有する不動産の賃貸(=不動産業)をしていくための工事によるものであって、他人の所有する不動産の工事をして得た収入とは事業の意味が変わってくるのではないでしょうか。クリーニング代についても同様です。
不動産賃貸業は第六種でみなし仕入率が40%なので、違う事業区分にできるものがあれば消費税の負担が軽くなるのですが、不動産業から区分できるほど産業として成立している事業なのかという点においても疑問を持っています。
⑤第四種
上記いずれにも該当しない場合、第四種に該当することになります。「原状回復義務の消滅による便益の提供」をどう捉えるのか次第です。
この「原状回復義務」というのは賃借人が負っているものです。賃貸人からすれば「原状回復をさせる権利」と読み替えることができるとすれば、権利消滅のための対価といえると思います。権利の消滅により対価を得て、それが消費税法上課税になるものはたくさんありますよね。収用による補償金とか代物弁済などです。この場合、消滅する権利が何に付着しているのかで判断していると思います。不動産賃貸契約に付着する権利と整理できるのであれば、第四種にはならないように思えます。
ただし、先に述べておりますように、第四種該当性を検討するときは、第四種以外の事業区分の非該当性を検討した結果として第四種該当性が浮かび上がってくるので、第四種か否かという検討は不毛なように思います。
インボイスはどうなるのか
話を変えて、この原状回復費用に係る収入は消費税法上課税取引である以上、賃借人が事業者であれば、賃貸人は賃借人からインボイスの発行を求められることが想定されます。
インボイスの記載事項には取引内容があります。この取引内容をどのように記載されていくのでしょうか。「原状回復費用として」とするのでしょうか。それとも「壁紙張替代」「クリーニング代」とするのでしょうか。請求書を発行するのか、締結した契約書を流用し、記載事項の不足分だけ別途書類を発行してインボイスとするのか、インボイスの施行までに整理されていくことの一つだと思います。
まとめ
不動産賃貸業から派生した付随収入だけを不動産賃貸業から切り離して判断することに違和感がありました。「本業は不動産賃貸業で、原状回復の工事を直接しているわけではないけれど、工事を下請けにさせた場合の元請は工事業に該当するではないか(消基通13-2-5)」という指摘があると思います。ただし、先述したとおり、原状回復費用に係る収入が、今回引用した裁決のように整理される限りにおいては、第三種に該当するのはやはり難しいのではないかと思います。
不動産賃貸契約や取引の実情を精査し、事業区分を判断していただければと思います。