「情報可視化入門」執筆の裏話
「情報可視化入門」という本を出版しました。本文に書けなかった裏話を少し紹介します。
授業科目「情報可視化」
「情報可視化入門」という本は、筑波大学で学部3年生向けに行なっている「情報可視化」という授業の内容をまとめたものです。筑波大学の教育組織は、「学部・学科」ではなく、「学群・学類」ですが、その学群・学類を2007年に改組・再編しました。改組された学群の一つである情報学群に新設された情報メディア創成学類において、3年次科目として「情報可視化」が開講されることになりました。
3年生向け科目なので、授業は2009年度から行っています。開講当初は、2コマ(75分)×10週の2単位科目として、講義に加えてProcessingによる演習を提供していました。その後、毎年のマイナーチェンジに加えて、2回大幅な改修を行いました。1回目の大幅改修は2013年度で、3学期制から2学期制への移行に伴い、講義だけの15コマに変更しました。演習をなくしましたが、講義内容は増やしました。2回目の大幅改修は2017年度です。視覚的表現を描くための規則「表現規則」を明示することにし、紹介している視覚的表現(いわゆるチャート)、ほぼすべてについて表現規則を示しました(この改修にはかなり苦労しました)。
視覚的表現の表現規則
データを図にすれば可視化というわけではありません。原点をずらした棒グラフや途中を省略した棒グラフなどが、悪意無く描かれているとしたら、視覚的表現に対しての無頓着あるいは知識の欠如であろうと考えました。つまり、何(データ)を(視覚的に)何で表すかということについて、特に意識せずに、機械的に「棒というもので表している」(つもりになっている)だけではないかと考えました。実際、課題などで具体的な可視化例を集めてもらい、図(たとえば、棒グラフ)に対して、この図は何を何で表しているのかな?と尋ねると、「データをグラフで表しています」で思考停止に陥ってしまい、それよりも説明を詳細化できないことが少なからずあります。
情報可視化においては、データに適した視覚的表現を、人間の視覚の性質を踏まえて、適切に構成する必要があります。人間の視覚の性質、データの分類、分類されたデータに適した視覚的表現を、うまく関係付けて説明するために、視覚的表現の構成要素の関係を表現規則として整理しました(図7.1)。さらに、何を何で表しているのかを明確にするために、ほぼすべての視覚的表現の例に対して表形式で表現規則を示しました。
企画から出版まで
最初に出版社に相談に行ったのは、東日本大震災の後でした。震災の前日にアポを取っていたのですが、都合が悪くなったため、数日後ろにずらしてもらいました。震災が起ったため、実際に相談に行けたのはさらに後になりましたが、まずは話を聞いてもらいました。ただし、その後も細部がなかなか納得いくようにはまとめられず、その間、授業の内容も更新しながら、10年が経ってしまいました。人間の視覚の性質、データの特徴、チャートなどの視覚的表現を、うまく関係付けて整理したいと思い、授業の構成も何度か見直しました。
もう一つのハードルは図の制作でした。授業の資料にもできるだけオリジナルの図を使用したいと思い、TA学生に協力してもらって少しづつ蓄積していましたが、それでけでは思うようには揃えられませんでした。2020年の春、在宅勤務を始めたころ、移動が無くなったことで使える時間が増えたような気がしました。そこで、気になっていた、TypeScript + D3.js の練習も兼ねて、いろいろなチャートを描いてみました。実は「表現規則」とD3は相性が良いと思っています。そうして描いたオリジナルの図が増えたことで、出版に向けての作業が加速したと思います。もちろん、自作の図だけでは可視化例には足りませんので、国内外の研究者の方々に図の提供をお願いしました。みなさん、依頼に快く応じて下さり、たいへん感謝しています。