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 … 2022/02/26 ー 2022/02/27


今日、母から昨晩 母方の祖母が亡くなったと聞いた。数え年だと94なのかな、大往生だったとは思う。

コロナのせいで都市部からの訪問に眉をひそめる方が少なくはない地方だったのとまだまだ子供を置いていけない年齢なので、御香典を母にお願いすることにした。

まあ言い訳かな、私は正直彼女とはずっと折り合いが悪かった。あまり言いたくはないが自分が一番という人で、孫の顔が見たいと言う割にはすぐに邪険にされたので幼い頃から苦手な人だなと冷めた目で見ていた。

あの人にとって私は初孫だった、だからといって目に入れても痛くないくらい可愛がられることはなかった。それは別に構わなかった、彼女の夫である私の祖父にとても可愛がられ愛情をたっぷりかけてもらえたので十分幸せだった。

ただ彼女は私を初孫として、周りに見せびらかす為の道具にしていたから「何か変わった人だな…」という違和感があった。自分が輪の中でナンバー1じゃないと我慢ならない人だった、祖父はこんなにも大切にしてくれるのに同じ夫婦でも違うもんだなと知った。

そうこうしているうちに私の弟が生まれて三日天下は終わった、短ぇ夢だったな… 母方の祖父だけはいつまでも可愛がってくれたのだけれど、私は4歳で両親の愛情は独り占めできないし例え血の繋がった祖母であっても愛情を受けれるものじゃないと改めて知った。

そんな冷めた子供だったくせに まだどこかに愛情や温もりを諦められなかったウブな寝んねの頃、ブルーハーツの TRAIN-TRAIN を聴いて衝撃を受けた。

ここは天国じゃないんだ かと言って地獄でもない
いい奴ばかりじゃないけど 悪い奴ばかりでもない

引用:TRAIN-TRAIN/作詞 作曲:真島昌利


私はマーシーとヒロトくんのお陰で多様性と個体差を、この世界にはいろんな人たちが居ることを知った、いい意味で人に期待するのではなく 自分のことは自分でケツを拭こうと割り切ることにした。すごく生きやすくなった、TRAIN-TRAINや他のブルーハーツの名曲は今でも私の教科書で指針だ。



結局 祖母とは心から仲良くなることはなかったし 嫌なこともいっぱいあったし、悲しいことに記せるほどの温かく優しい思い出もないけれど 今までどうも有難う、どうぞ安らかに…

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