パイレーツカフェに務めるレナ(22)

海賊がよく被っている帽子の名称を知ってますか?ジャンプの海賊が被ってるやつ。私も未だに知らないので海賊帽と呼んでいる。店舗に常備された8つの海賊帽を26人のキャストで使いまわしている、不衛生極まりないあの妙な被り物は、新人のミホが1つ無くしてしまったせいで現在は7つになって、別に何でもいいんだけど一体どうやったらあんなでかい帽子を無くすんだよ

コンセプトカフェとして2018年末にオープンした海賊バー『pirate』のオープニングスタッフとして働き始めた私は今や大学4年生、別に大学2年生も大学4年生も変わらないのだが、就職も特に決まらず、決めようともせず、この店はそこそこ割良く稼げるうえに、気に入ってくれるおじさんも3~4人は捕まえてありがたいことです。秋葉原。バーカウンターが6席にテーブルが4つ、満員で20人くらい、他と比べてでかいのか小さいのかわからないがこれ以上狭かったら4分でやめていただろうから許容できる密度で、それにしても店の描写はまったく必要が無いな。角に植物があります。

ミホは20歳と若く、新人で天然なところがあったのですぐに人気を勝ち取った。私も入った当時は20歳だったけどここまで客の顔を緩ませた覚えはない。コンセプトカフェとは言っても結局のところガールズバーであり、コンセプトである海賊目当ての客なぞ誰もいないので、カリブがどうの、酒樽がどうのなどとキャラに徹するより、悲しいかな顔がかわいくて挙動がプリティであることだけが、この海賊バーでは求められるのである。女が何を着ていようが誰もそんなことどうでもいいのです。ミホの話です。ミホは一番の古株である私によく相談をくれるのだが、私も面倒見が良いのでニコニコと答えてあげる。ミホは可愛いので、海賊帽を無くしたという話をされたときも「わかるあれなくす~~~」と話を合わせてしまった。あんなもんどうやったら無くすんだよ

完全にミホのペースに乗せられながらもいい師弟関係を築けていたある日、ミホが急に「私あのお客さん無理です」と私に泣きついてきた。ゴチャゴチャ言うなボケと思いながら厨房からこっそり覗くと、いたって平凡なサラリーマン、まさに客層ドンピシャの眼鏡の男が座っていて、くさいのかな?と思い、「くさいの?」と聞いてみると「くさくはない」とミホは言った。じゃあなぜ?

そんなこんなでミホの家の前で張り込みをしている。窓にはモコモコのタオル記事みたいなバカしか着ないパジャマを着たミホが定期的にこちらに視線を送ってくる。「まだ来てないよ」の意を込め首を振る。それの繰り返し。なんだこの火曜の夜は。ミホ曰く店に来ていた眼鏡の男は、最近しょっちゅう付きまとわれるミホのストーカーであるらしく、店で接した印象だとまともな男に見えたんだけど人間ってのはわからないな、と言ったら「本当ですよ~私だってこう見えてめちゃくちゃ食べるんですよ~」と返されマジでしょぼいな~こいつ。ストーキングしやすいだろうな~と思っていると、ストーキングがしやすいな~という面持ちの眼鏡の男がミホの家周りに登場。登場人物がそれぞれのキャラクター通りの動きをしていて、なんだか箱庭ゲームを眺めているようで楽しいなと思いながらミホに電話を入れた。

「来たよ、ミホ、どうする?」
「ほんとですか!じゃあやっちゃってください!」

殺してくださいという意味らしい。なんで人の手を汚すことにまったく躊躇が無いんだ?

眼鏡の男は家の周りをある程度うろついたあと、おそらく定位置なのであろう電柱の陰に落ち着いて2階を観察し始めた。他人事とはいえさすがに気持ちが悪いなと思いながらじりじりと距離を詰め、2つ横の電柱まで近づいた。わたし今からこの人殺すんだ、スゲー嫌だな…とブツブツ言いながらバッグの中身を見ると、殺傷能力のありそうなものは爪切りくらいしか無く、仕方なく素手で挑もうと徐々に男に近づいて行った。

「違うんすよ!本当に違うんです!」

後ろからアキレス腱を蹴ると、男は地面に倒れ込みながらこちらに命乞いを始め、私が一応片手に持っていた爪切りがナイフに見えたらしく、とにかく泣きながらこちらに懇願している。

「ストーカーめ!何が違うってんだ!」

せっかくなので正義の味方になりきってみる。

「その、ミホちゃんのことはお店で見てすごい好きになって、それで…」

「それで?」

「いやあ……」

「正直に言え!」

「その、後を尾けたり…」

「めちゃくちゃストーカーじゃん」

ミホには「殺したよ」とLINEを入れ、眼鏡の男は財布の中身を巻き上げたあと逃がしてやることにした。反省しているようだし、もうミホに近づくこともないだろう。両手を背で縛り、ミホの家から連行している最中に、せっかくなので色々話を聞いてみることにした。

「後を尾けたり、他は何してたの?」

「いやでも、普通すよ… ゴミ漁ったり、トライコーン盗んだり…」

「トライコーン?何それ?」

「海賊の帽子です」

ちなみに、トリコーンという呼び方もあるらしい…


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