眠り続けられない

老化によって不眠は訪れる、眠るのにも体力が要る、というような俗説は、それは医学的にも証明されたマジ説であるのかもしれないが、それなりに信じがたい話であったのも事実で、なんだ、眠るのにも体力が要るなんて、ただこの世の事象をまっすぐに受け止めたくはないという何者かの意地によって繰り出されたような言い草、それは例えば俺が、「便器はたとえ綺麗であっても、指で触れるものではないのだから、汚い方が、指で触らない理由がひとつ増えて、おトクである」と茶化して見せるのと何が違うというのだろうか、と宣いながら、二十歳まで、二十歳過ぎまで、ほとんど隙のない睡眠を見せつけていた。

しかし、眠るのにも体力が要るんだよ、と、まるで先にゼルダをクリアした先輩かのごとく、年下の知人たちに吹聴してまわるように成り果てたのは、はたして何歳になってからだろうか。23歳くらいの時点では、入眠に悩まされていた記憶がある。さあ、眠りに入ってスケベな夢でも見て朝を迎えよう、と極めて前向きな気持ちで布団に入り、目を瞑ると、過去に自分の犯した間違いの数々や、それらが全て合わさって誕生したバーサーカーによって肉体を貫かれるビジョンがまぶたの裏に映し出され、速く逃れんと目を開いたりしているうちに、入眠の快楽がどんどん遠のいていくのを身に感じ、俺は寝落ちでしか眠れない、と入眠への諦念を抱いてからは、知らないおじさんがボソボソ声で俺に一切興味のない品物(エアガンなど)を紹介しているyoutube動画をただ見、「撃つとこ見してよ」などとブーたれているといつの間にか寝ているという、23歳から現在に至るまで、俺の睡眠には必ず、知らないおじさんが登場していると言っても過言ではないのである。

そんな不安定な入眠ではありつつも、眠ってさえしまえば短くとも6時間は眠り続けられるし、それなりに満足もしていた俺の睡眠は、ここ数日間、不全を起こすようになった。ただでさえ入眠がややこしいというのに、それを乗り越えてやっと睡眠状態に入っても、3時間程度で目が覚めてしまうのである。性根そのものが仰向けでいびきをかいている俺にとって、3時間の睡眠など何ら意味をなさないのであり、さらに困ったことに、脳も、身体も、意思も、俺のすべてが睡眠の再開を望んでいるというのに、一体俺のどの部分が勝手に権力を行使しているのか、二度寝を断固として拒否するのである。いくら目を瞑っても寝られず、お気に入りの入眠おじさんリストから、とっておきの動画をいくつか再生するも、どれもこれも鑑賞し終えてしまうという始末。ここ数日、満足のいく睡眠を確保できていない俺の身体はもちろん悲鳴を上げているというのに、迷惑極まりない、まったくもって破廉恥な仕打ちである。

仕方がないから、のそのそと起き上がり、パソコンを開き、適当に仕事をして、眠くなるのを待とうとするも、腹が減ってしこりたくなるばかりで、睡眠欲はロクに主張をしてくれない。キリのいいとこで適当に終わろう、と始めた仕事を結局完遂してしまったというのは良き事であろうが、身体は悲鳴を上げ続けるばかり、そのうち音割れを起こし始めるに違いない。

布団に横になりながら映画でも見ていれば寝落ちするだろうと再生したヒッチコックの『逃走迷路』があまりに傑作すぎたゆえ、なんと見逃したくない画面の数々であろうかと感動し続けているうちに眠気などすっかり飛んでしまっていた。『逃走迷路』、オススメです。

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