洗濯機を 捨てるという事

19歳、上京をしたばかりの時、洗濯機など必要ないと思っていた。深夜、コインランドリーで文庫本を片手に煙草を吸いながら乾燥が終わるのを待っているのが、東京での楽しみのひとつだった。その生活を実践するべく、上京して1ヶ月間はコインランドリーで洗濯をし続けた。

俺は地元で期待の情弱として注目を集めていたほどの情報弱者ゆえ、家から徒歩で20分ほど離れたコインランドリーしか見つけることができず、セカセカとそこに通った。地元で想像していた、さびれたモノクロの風景や、よく遭遇してときどき目が合うショートカットの女性は存在せず、なんだかこぎれいなさっぱりとした空間だった。煙草も吸えなかった。

さらに乾燥機代をケチっていた俺は、帰りに水を含んだバカ重い洗濯物をヒーヒー(実際にはシーシー)言いながら家に持ち帰っていた。コインランドリーと家を往復するのに、20分歩いたあと片側2車線の国道の陸橋を横切らなければならない状況がいよいよバカらしくなってきた頃、帰り道でさびれたコインランドリーを見つけた。とても服を洗う場所とは思えないほど薄汚かった。

「ここだ」と思った俺は、向かいにあった歯医者の場所をGoogleMapに記憶させ、次の洗濯を楽しみに家へ帰った。

そして3日後、溜まった洗濯物を抱えてそのさびれたきったないコインランドリーへ向かった。今まで通っていた場所より近いうえに値段も安く、灰皿も設置されていて、ボロい洗濯機の稼働する音は、俺の青春のエンジン音へと変わっていった。

そしたら、従業員入り口みたいなところから、なんか全裸の男が出てきたんすよね。本当にいきなり。たぶん30代くらい。「あっ」みたいな顔をしてすぐに引っ込んでいった。意味がわからない。自分の着ていた服をすべて洗濯していたのか、と思ったものの、店内で稼働している洗濯機は俺の使用する1台しかない。なんかたぶん、もしかしたら、1階でコインランドリーを経営している家族の娘が、彼氏だかを家に連れ込んで、セックスをして眠り、起きたら布団に娘の姿がなく、男が全裸のまま探していたら1階の俺と遭遇してしまったみたいなことかと考えたが、こんなことを推理してもまったく仕方が無いのでさっさと帰宅し、そのまま洗濯機をネットで注文した。2万円くらいだった。「洗濯機を買うかどうか」という命題に全裸の男が登場するとは思わなかった。

そうして6年以上使用した洗濯機を、捨てることになった。さようなら。その洗濯機には他にもたくさんの思い出が詰まっているはずなのだが、捨てるときの面倒くさすぎさですべて消し飛んでしまい、ただひとつだけ残った思い出は全裸の男だ。髪を刈り上げていた。

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