IT会社に務める多趣味なサラリーマン 大西 圭(26)


仕事は?と聞かれれば、こう答える。「IT関係」。

ITと言っておけば、基本的に間違いは無い。問題も無い。実際には、確実にIT関係に区別はされるものの、聞こえのいいアルファベットから連想される商売よりももうちょっと俗っぽい、もうちょっとケチな商売でインターネットテクノロジーに関係させてもらっている。友人の友人が社長をやっているだかで紹介してもらった会社だが、結局だれの紹介で俺は働いているのか、今となっては思い出せない。

小学生の頃から、根っからに明るい性格だった。目立つのも、人を笑わせるのも好きだった。処世の為にそう生きる者もいる。外面で器用に媚びを売り、お調子者としてうまく生きる賢い者。俺はそんな大層なものではなく、根っからの人柄によるところであった為、少しでも注目してもらえない瞬間があると、それだけで悔しくて悔しくて仕方が無かった。

小学校では足も速く学級委員長、中学校ではサッカー部長に加え生徒会長と、ほとんど完璧な学生生活を過ごした。問題は高校である。小中学校は同じ地域で問題なかったのだが、高校はそこから5駅ほど離れた場所の商業高校に入学した。

サッカーには自信があったが、まさに井の中の蛙だった。高校になると急にレベルが上がり、とても自分では太刀打ちできなかった。サッカーをやるなら、キャプテンでなければ意味がない。自分より上手な奴らがごまんといる中でキャプテンになれるわけがない。俺はサッカーを辞め、バスケ、バレーと渡り歩いた。どの場所にも、自分ではないスターがいた。

正攻法で目立てないのなら、不良になろうと考えた。見よう見まねで試行錯誤した結果、ワックスでテカテカになっただけの髪をなびかせ、なびかないのだが、教室に入って席に座った。良くも悪くも、周りの目は自分に向いていた。「これだ」と拳を握り締めた瞬間、朝のホームルームで担任教師から衝撃的なニュースを聞いた。隣のクラスの不良が、拳銃を所持しているところを現行犯で逮捕されたという。俺はすぐに保健室に向かい、仮病で早退した。いくら悪ぶっても、拳銃を持っている不良になど敵うわけがない。

どの場所にも既にスターがいる。自分が付け入る隙はもう無かった。
俺はその事実を受け止め、仕方なく作戦を変えた。スターに付け入るのだ。今思えばなんて情けない考えだと思うが、当時は目立つためにがむしゃらだったのだ。どうせがむしゃらならサッカーを頑張れば良かった。

サッカー部、野球部、バスケ部、バレー部、卓球部。あらゆるコミュニティに自分を売り込んだ。あらゆる文化のさわりだけを勉強し、広く浅い知識を身に着けた。漫画も、音楽も、映画も、テレビも、スポーツも、ネットのおもしろ画像まで、あらゆる文化の上辺を撫で続けた。何の話をしてもある程度にやりとりのできる俺は、色々な場面でそれを発揮した。俺はたくさんの人に必要とされている。元々の性格だった目立ちたがりは、いつしか姑息な生き方へと現れるようになっていた。


「隣の席の人について、紹介文を書いてみましょう」

ある日の国語の授業で、こんな課題があった。自分の隣の席に座っている人を紹介する文章を書いてくださいと。与えられた時間は40分。俺の隣の席は、俺がしょっちゅうくっついていたバスケ部の180センチキャプテン、東郷。全国大会への出場経験もある、クラスどころか学校1のスーパースターだ。実を言うと、この東郷の隣の咳も、俺が暗躍して手に入れたものだった。

制限時間の40分が経過した。皆それぞれ、隣の人の紹介文を書いて提出した。東郷の紹介文なんて、簡単に書けた。ここまで輝いてる奴はいない。チラリと東郷の様子を見てみると、机をコンパスで削っていた。俺は横目で必死に目をこらし、東郷の用紙を見た。そこには、ただ一言こう書かれていた。

「すごくいい人!」

白紙よりはマシか、と思うことにした。


自己嫌悪に苛まれていると時間はあっという間に経ち、気づけば26歳になっている。週末になれば街に繰り出す仲間たちはいるものの、俺が立ち止まって靴ひもを結んでいても誰も歩みを止めない。他の奴のときは待つのに。だから、俺は、靴ひもを結ぶために立ち止まったときは、PPAPの歩き方で追いつくことにした。PPAPにアイデンティティを託すことに決めたのだ。俺が靴紐を結ぶのに10秒。10秒で、皆は10メートルほど前に進む。その間、必死でPPAP歩きをするも、一向に追いつくことができない。PPAPは遅い。俺が必死でPPAP歩きをしている間、皆はスタスタとどんどん先まで行ってしまうのです。

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