三河宇宙造船所 宇宙への軌跡 第14回「向井乃秋 その秘密の才能」
19645年7月15日 木曜 午前10時
「え? ハワイとか?」 アメリカへ飛んで欲しいと始まった会話へそう答える向井乃秋。
「いや、ケネディ宇宙センターへ」とジーン・カーマンは彼女にとってのアメリカはハワイを指すのかと理解し、そして本題へ。
航空機格納庫内で向井乃秋へ次の研修内容を告げる。
「何しに?」
「シュム? シュミ?」と、ジーン・カーマンはどっちが日本人に伝わる発音か確認をするように二択を示す。
「シュミ レーター?」と乃秋。
「ああ、そっち?そうそうシュミレーター。レイディオニス社と開発したロケット打ち上げシュミ レーターがあると伊能光学から聞いた宗弐郎が『どうせ暇なら向こうで習ってこい』だってよ」
「何時から?」
「明日」
「え。また急に」と、乃秋は眉間に皺を寄せ突然の移動命令に不満げな顔を見せる。
「日付変更線。アンカレッジ経由で日付をまたぐから日付上は・・・」と、ジーン・カーマンはジェットラグにまつわる冗談を言いかけ、辞める。ジェットセットフューチャー。もうそんなに目新しくも無い航空機の時代。固定翼を越え、更に上空の宇宙を目指す時代に掘り起こすにはまだまだ早すぎる、つい最近埋まり始めたこのネタを取り出すのは・・・。
「兎に角、向こうで約一か月訓練と座学。シュミ レーターで学んでこいとのこと。終わって日本に戻ってくれば本物のロケットを打ち上げる発射場も、ロケット棟も完成。そして君は打ち上げられる」
「まだ出来てないの?」と乃秋は眉間の皺を隆起させたままジーン・カーマンへ突然の移動に苛立つ感情を表情も合わせてぶつける。
「まだだ。まだ、出来ていない」そうジーン・カーマンは伝えると、自分の抱える仕事へ戻るため彼女へ背を向けた。
「おめでとう乃秋」「おめでとう」と同期二名の男の皮肉も賞賛も混ぜた声が格納庫内で連なり反射する。
「君たちも向こう行きだ。彼女と同じくアメリカで学んできてくれ。『我が社は慈善事業じゃない』と伝えるよう宗弐郎から言われている」とジーン・カーマンは航空機格納庫を歩きながら代表の言葉を代弁し、そしてこの場を後にする。
1965年7月17日 土曜 午後2時 アメリカ東部時間
日本から来た宇宙飛行士候補三名を現地スタッフが歓迎するささやかな、日本人から見れば派手で、そして肉を焼くBBQパーティー。
週を明け7月19日から打ち上げに則した訓練とシュミレートの開始まえの歓迎会。
そして。
1965年7月19日 月曜 午前11時 アメリカ東部時間
初等宇宙座学から訓練。「遠心分離機の中に人が入ってみた」のような嫌がらせに近い訓練を楽しむ野口光二(技術者)。プールの中で宇宙服を着用し作業をするなど、アメリカ人はプールの中で泳がず働くという、遊びと仕事が逆転した行為に感銘を受ける寺田虎彦(科学者)。
楽しい実地訓練を楽しむ三名。特に向井乃秋は訓練に対し特異な習得習熟率を見せ、現地スタッフを驚嘆させる。
歴史を振り返ると、日本人、そして女性、初の宇宙飛行士という役目が彼女の推進力となっていたと他者はそう見る。そう見ていたい。
しかし、実情は彼女はこの訓練をも楽しむ、空に上がることが好きであったことが一番の理由であった。
特別な秘密なんてない。
ただ、空を飛ぶことが彼女は好きだったんだ。
写真:画質の酷さ。だってシュム? シュミ? ゲームだろ?
1965年8月6日 金曜 午前10時 アメリカ東部時間
三河宇宙造船所 宇宙への軌跡 第14回「向井乃秋 その秘密の才能」
https://www.youtube.com/watch?v=M1FknwqSlRs
次回予告『より高い空へ』