三河宇宙造船所 宇宙への軌跡 第6回「地脈」
1964年2月10日 金曜 午後7時30分 三河3号打ち上げ開始。
1964年2月10日 金曜 午後7時31分 渥美半島に轟音と振動。
三河3号打ち上げ実験。RT-10 ハマー固体燃料ブースターを抱え、対流圏と成層圏の間を飛翔する実験は見事に失敗。
RT5 フリー固体燃料ブースター第一段の分離後、姿勢制御を失った三河3号。ジェバダイア飛行士は実験継続の不可能を判断し、渥美宇宙センター上空にて鈍重の寸胴鍋ことRT-10を切り離し、ドラッグシュートを展開。
ー 渥美半島宇宙センター トラッキングステーション -
「Scheiße」ジーン・カーマンは頭を抱え抑揚なく画面に映る落下傘で降下してくる映像を観ていた。
「来週からYシャツは赤だな・・・」と、宗弐郎。
二人を侮蔑するような目で見た後に「ジェバダイア飛行士の回収。被害状況の確認」とフォン・カーマン博士。
1964年2月10日 金曜 午後7時35分 抗議の電話が鳴り始まる。
1964年2月11日 土曜 会社お休み
1964年2月12日 日曜 会社お休み
1964年2月13日 月曜 午前9時30分 抗議の電話が鳴り始まる。
赤いYシャツ胸元を湿らせ色濃くした姿で社長が出社。鳴りっぱなしの総務部を通過し、社長室へ。
「はあ・・・」
「コンコン」 ノックは二回。ジーン・カーマンが怯えるように入室。自宅に居ることも出来ず、週末はホテルに缶詰め。明けて月曜、平均的な日本人の変装をし出社。タクシー搭乗中も常に背後を振り返り、追跡されていないかを気にし、大変疲れたと社長へ伝える。
「コンコン」 ノックは二回。フォーン・カーマン博士が入室。
トラッキングステーションで回収されたデータを分析し、エアロダイナミックス改修型を提案というか、空力無視した見た目重視のデザインに寄せた結果がこれだぞ。肝に銘じて二度と忘れんな。成層圏下、対流圏での墜落実験は成功。餅は餅屋、飛翔実験飛翔実績を積みたいなら羽根を付けて飛んでいる相手の協力が「必要!」と、一応はお願いという形の口語だったが、強い感情のエンジンに熱が入り、感情は覆い隠せなくなっり、話す速度もどんどんと早くなり、最後に『必要!』と強調し話を終えた。
「うーん、浜田技研さんが・・・」と社長。
「技研じゃなくてえ! 六菱が飛ばしてんじゃないですか」とフォン・カーマン博士。彼は社長がロケットエンジン技師だったころ、六菱勤務時代に翼屋と呼んでいた他部門と不仲だったことを三河宇宙造船就任後、宗弐郎がどれだけロケット屋として大変だったか。翼屋から制御できないのをロケットエンジン部門の責務に押し付けられたことを聞かされ続けていたので宗弐郎が六菱重工へ直接願いを出すことを避けるための理由を探し、この会社の危機の中、自尊、プライドに縋り、固執しているさまが手に取るように想像出来ていた。
社長室のドアを開け、ドア向こうで鳴り響いている電話の音と、応対する職員の声が部屋に招き入れる。
「今はまだこれで済んでます。もう忘れたんですか。初めて打ち上げから生還まで成功する前のことを」
不服に机上の湯飲みを握る宗弐郎。
「今我が社に必要なのは可能な成功体験とそれを周囲に知らしめることと、それと稼働翼です。空気の壁の中を飛ばすなら必要な羽根を入手してください」とフォン・カーマン博士。
「それと、依頼主。実走結果を出せるまともな。二度と玩具メーカーのデザイナーが考えた空力を無視したロケットを造らせるな」と、黙り応接用のソファーへ坐り、下ばかりを見ているジーン・カーマンへ、兄弟と自分の役割を踏みにじられた怒りを籠め言葉をぶつけた。
宗弐郎。ジーン・カーマン共に人気取りにうつつをぬかし、出来るであろうと欲に任せたロケット玩具化タイアップの件。大気圏内でのロケットエンジン固体燃料型の制御の難しさも合わせた結果 「ジリリリリリーン」と成り続けている電話の音。そして再開したトマト投げ大会。
彼らはフォン・カーマン博士へ反論することは出来なかった。
それから一週間。
「これ。やってみよう」とジーン・カーマン。
写真:やたら長い会社名の会社がぼや騒ぎで困っているらしい。我が社はまだ燃やされていない。代わりに渥美半島に新たに四つ穴を作りこっちも困ってたんです。困ったときはお互い様ですね。
依頼主の要求を確認すると、久々にまともな内容。
「これで行こう! 16.600m以上なら今の技術でも出来る」とフォン・カーマン博士。
打ち上げ、依頼主の要求を無事達成。
その後も改心したジーン・カーマンは手堅依頼主との契約案件を幾つか持ち帰り、そして三河宇宙造船はその要求を達成し続け、信頼と技術蓄積を繰り返していた。
1964年4月7日 火曜
六菱重工業経由でフランス航空機開発会社から試してみたい翼が三河宇宙造船に届く。
1964年4月24日 金曜
地上にて行った実験を終え、実験機へ搭載。
対流圏での飛翔実証を成功。
■対流圏 大気はどこまで広がってるの?(広島市こども文化科学館)
http://www.pyonta.city.hiroshima.jp/blog/pages/number/209.html
そして同日、ジーン・カーマンが次の依頼主を見つけてきた。
写真:我が社の信頼が高まり、妥協はしないことで有名なカーバルモーションから依頼が舞い込んできた。
「やってみよう!」と、宗弐郎。そしてフォン・カーマン博士。
濃密な空気の壁が存在する世界での安定と、宇宙に向けて潜る大気圏を飛翔してみせよう。
写真:三河3.1号 エアロダイナミックスってムズイね
三河3.1号
1)AV-R8 ウィングレットへ換装
1)について
ベーシックフィンを仰山つけて暴れたイカRT-10ハマー。色々とごてごてつけていた空力を見直しました。見た目のカッコよさだけに物理は優しくない。
「これで飛ぶんだ」とフォン・カーマン博士。
「やりましょう!」とジェバダイア・カーマン飛行士。
1964年5月5日 火曜 午前10時
三河宇宙造船所 宇宙への軌跡 第6回「地脈」
https://www.youtube.com/watch?v=7NoZla6wnSk
次回予告『ハマーを抱いたまま』