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平成レトロ展 時間の矢は遅れて刺さる

写真は「Lag」

 2024/06/22 (土)
 スマートフォンの到着予想時刻は想定していた時間よりも足が出ることを示している。
 俺はぼんやりとした不安の中車を運転している。
 車を駐め、駅へ向かい歩く足並みは否が応でも早まり、夏至の翌日は曇り、顰めっ面の人々を追い抜いていくのだが、ムカつく。蒸し暑い。汗がじめっと背を湿らせ、更にムカつく。
 駅前の街路樹に近づくと”Hey Pichu. We miss. With you”という野鳥の囀りが聞こえる。俺は「外人だな」と思った。”Hey Pichu. We miss. With you”そいつは単純なプログラミングかのように同じ言葉を繰り返す。嘘偽りなく”Hey Pichu. We miss. With you”という文節だ。幾度も幾度も繰り返され、目覚まし時計のように駅前に響く。
「俺……ポケモンじゃねえし」姿を見せない空舞う獣に言霊ボールを投げ捨て、駅構内の階段を上って行く。
 経験上こういう日は碌でもないことが畳み掛けて立て続くものだ。始まりから悪化していくというか、現にスマートフォンの地図案内アプリケーションは電車のダイヤは乱れ、先行き未定ということを暗示している。慣れたものではあるが、それでもやはり「ムカつく」わけである。
 プラットホームに着くなり電車が到着。これに乗る。まあ、もう遅れていることには変わりなく、こういう場合はズデーンと構え、強固な指向性を持つ時間に身を任せるしかあるまい。
 車内に入ると早速違和感に襲われる。乗車口近くの席にズデーンと着座するカビゴン似のおっさん。己に一脚。己の荷物を置くように一脚。横並びの二席を陣取り、太々しさここにあり。恥や気遣いなどここになし。すこぶるてめえのことに特化した態度をありありと見せている。
「アホかおっさん……」 思わず飛び出る言霊ボール。そいつの眼前には身重なトートバックで肩を窪ませる女性乗客が立っている。呆れと同居する頭の中には「ほらな」と、この行先を予兆させることを思うのだった。明瞭に見えている行先の沈床。怠いのである。ではあるが、ここで沈んではいられない。思考と視座を変えていこう。
「ええっと……ど……こ……か……座れないか……」車内を見渡と、カビゴン席から通路を挟んだ席に一つ空きがあるではないか。では……キミに決めた!
「失礼」軽妙な挨拶に合わせ手刀で空間と穢れをぶった斬り、素早く脇から野生のおじさん捕獲用かボールを先客にぶつける。すると、その方は「つ、次で降ります」と、矢継ぎ早に私へ告げ「ズガガガ」っとしたとんずら音を立て、電車奥へ消えていった。その口調は明らかに畏れを含み、俺の中に嫌な気持ち、少し広がる。
「こうやって碌でもないことが形を変えて一つ二つ、三つと続いていくの……か」先客が消えた窓際席に項垂れるように腰を下ろす。窓っぷちにはお茶のミニペットボトルが一つ取り残され、それは怒りの後の詫びしさを誘引させるのには丁度良い大きさだった。
「俺とお前だけだな」 残された窓際のミニペットボトル、いや、もうそれは役割を失調し、ゴミと化し、自然に返ることも出来ない、成分の還元を失った不燃物に心の拠り所を置く。通路向こうではあいも変わらずビジュアル的にして図太い、多義的にして「腹が……」 これ以上は言わずもがなであろう者が座っている。こんな奴から端を発し、俺は罪業の念でぐったりとしていくのかと思うと、身が重く、俺は俺の上唇を親指で拭った。
「タタン。タタン」 電車の独特な揺れと音拍は無心を育むのに具合良く、感情の揺れや思考は気付けば止まり、されど物体としての移動は続く。
「タタン。タタン」 見知った駅。交差点で電車の通過を待つ人々と車列。田畑。俺はしばし流れ行く車窓の先を眺めていた。
「タタン。タタン」 という音は突然曇り、視界は暗くなる。トンネルだ。
「タタン。タタン」 乾いた音と光あれ。トンネルを越えると見慣れない景色が広がり、俺の中に旅という感じがジャンジャン拡張。急ぎ好奇心が越して来た。そいでもってですね、どうやらこの電車は予定より遅れてやってきた新快速であり、そりゃ新幹線とか、速すぎて水源と時間が重くなるリニアに比べればあれですが、こいつがべらぼうに素早い。ラピットトレインという二つ名もグッドヴァイブスで「ええやん!」と、俺は素直さを取り戻し、移行意気揚々。ナビアプリを見てみると、イベント開始予定時刻からやや遅れて到着するはずだったそれが、どっこい余裕で開始時刻前予定。
 これまで気を揉んでいた私は好機に恵まれ、どんよりエレジーからの大転換。どっこい惸独けいどくをぶちのめし、憂いありの未来予想は音を立て轟沈。昔馴染みのエナジードリンクをゴキュゴキュと喉を鳴らし飲んでいくわけでした。
「ああ、気分がいいぜ。今なら許せる」ということで、電車内にて公共心を寄り切り続けたおっさんへの侮蔑に、ここは一つ「さっきはごめん」とでも念じようかと思ったが、アホのせいで俺が腫れ物扱いされ、他者は怯え、その姿を目にし自責の念を感じたことはやっぱり納得出来ず、いくら荷物が重くとも、腹も不満も席からはみ出させるような男の横に座りたいかといえば、そんなもん嫌に決まってんじゃん。ましてや女性。俺が彼女でも立ってるよ。ということで、主観と客観を併せ総括すると詫びる必要がナノミクロンもなく、そんなことよりも「すげ速え」と、移動速度について実直な思いを口にしていると、すげ速えから直ぐだった。

・豊橋駅 現着

「ちくわ〜!」下車するなり今日の俺は何の動物スタイルで行くかを即決していた。「俺は長毛で癖が強い毛並み。額に十字状の傷。尚且つ胴長短足で下膨れの頬を持つ忍び犬だ」と、己に喝を入れ聞かせ「あとおめえにもだ」窓っぷちに取り残されていたお茶ミニペットボトルを鷲掴み「没取トー! 喝っ!」と、指定ゴミ箱にこれを投擲。朗らか快活に改札を抜けると……。

「こ……これは!」

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