お楽しみはこれから 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その51
「堀込、お前の言った足利市駅ってのは何か根拠あるのか?」
「キズナ ユキトは東武伊勢崎線の駅を辿っているんだ」
堀込はテーブルの上に広げられた地図上の東武伊勢崎線、浅草駅を指差す。
「ここが東武伊勢崎線、浅草駅だ」
堀込は地図上の東武伊勢崎線をなぞっていく。
「北千住、越谷と来て、キズナは次は群馬県と言って館林へ来た。
これはキズナが東武伊勢崎線を辿っているか、乗って移動している、ということだ」
堀込は館林駅を指差す。
「なるほど。もしかして、館林駅での生中継直後に、駅周辺を幾ら探し回ってもキズナのバスどころか、中継車も見つけられなかったのは、奴が電車移動していたからってことか」
森本の推察に合点がいく。
「俺はキズナの野郎が自分の顔入りバスで移動している、という先入観に囚われ過ぎていた…」
歯痒い…、脳裏にキズナの勝ち誇った顔が浮かんでくる…
「館林駅の次の次にあたる、県駅からは栃木県足利市に入るんだ。
この県駅と福居駅、東武和泉駅も栃木県だが、この辺りは正直言って生中継するほどの規模の駅ではない。
だから足利市駅なんだ。間違いない」
堀込は説明を続けた。その考察に納得だ。
「なるほど…
これは面白くなってきたんじゃないの」
森本は不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ、これぞまさに“お楽しみはこれから”ってやつだな」
俺のその台詞に一堂ニヤつく。
俺の携帯電話がポケットの中で断続的に震える。
「俺だ」
[キズナが来た。予想通りだ。りょうもう1号に乗るようだ]
堀込からの電話だ。
「よし、わかった。お前もそれに乗ってくれ」
[了解]
堀込のその一言を聞き、俺は通話を切る。
「キズナはりょうもう1号に乗るようだ。行くぞ」
俺のその一言に車内の緊張感が一気に高まる。
森本とパリスは軽く身支度をし始めた。
早朝、俺と森本と西松とパリスは車で久喜駅へ向かっていた。
昨晩、俺たちはキズナが浅草駅から、特急りょうもうを使って足利市駅へ来るだろうと予想した。
そこでキズナとその一派、自警団に顔が割れていないであろう堀込を浅草駅へ前日入りをさせ、始発電車の時間から浅草駅周辺を堀込に張り込ませていたのだ。
俺たちの予想は当たり、今の時刻は6時35分。堀込からキズナが48分発、浅草駅始発のりょうもう1号に乗ると連絡が来たのであった。
車が久喜駅近くへ到着し、森本が車から降りると、助手席の西松は運転席へ移る。
「西松、頼むぞ」
俺の一言に西松は後部座席の俺の方へ振り返る。その表情は緊張感に満ちている。
「わかった」
と西松が言うのを後にして、俺は車外へと出る。
森本はワンボックスカーの後部ハッチを開け、パリスと俺にチェロのケースを渡すと、自身は巨大なコントラバスのケースを持つ。
俺と森本とパリスは濃紺の背広に身を包み、普段やりもしない整髪料で髪を撫で付けていた。
俺たちはオーケストラの一員、演奏者である風を装うことにしたのである。
それぞれのケースに何が入っているのかは言うまでもない。
森本が後部ハッチを閉じ、車体を二回叩くと、運転席から西松が顔を出す。
俺が右手を挙げると、西松は頷き、ワンボックスカーを走らせ、その場から去った。
俺たちは足早に久喜駅へ向かう。
パリスが券売機のタッチパネルを操作する。
「館林までの乗車券は買えるけど、特急券が買えないよ」
予想もしていなかったパリスの一言に、焦燥感が高まる。
「え?何だって?」
パリスの横へ行き、券売機の画面を見る。
7時35分発の特急リバティりょうもう1号は全席指定であった。
その指定席特急券が全席売り切れていたのだ。
「それなら乗車券だけ買うぞ。全席指定ってのを知らぬふりして、乗ってから車掌に金を払えば済むことだ」
パリスは俺の言葉に頷き、
「そうだね、わかった」
と、券売機で乗車券だけ買う。
俺たちは久喜駅からキズナの乗る、赤城行きの特急りょうもう1号に乗車する。
そこでキズナ ユキトの身柄を確保し、足利市駅の手前の停車駅である館林で下車し、そこで待機していた西松と合流という計画だ。
仮にキズナらが抵抗するのであれば銃を使うことも厭わない。
早朝とは言え、JRと東武鉄道の乗り換え駅である、久喜駅はそれなりに混んでいる。
そんな中、俺とパリスはチェロのケース、森本はコントラバスのケースを持って駅構内を移動しているのだ。
大荷物をかかえている俺たちは、他の乗客にしてみたら迷惑なことこの上ないであろう。
通勤、通学客らは一旦、俺たちへ迷惑そうな視線を送ってくる。
しかし、そこで森本だ。
森本は周囲へ誰彼構わず、視線を送る。
それだけだ。それだけで周囲の人が離れていく。
流石だ…
特急りょうもう1号の乗車ホームへとやってきた。
既に堀込からのメールで、キズナ ユキトは先頭の一号車に乗っているという情報を得ていた。
ただ、この特急というのが六両編成のうち、乗車口が二号車と五号車にしかないのだ。
なので俺たちは二号車から乗ることとなり、その乗り場へとホームを足早に歩いた。