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黒革と天邪鬼の私生児 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン4 その6

「東北のどこかだと?
 俺たちは一気に地図アプリの空白地帯まで来ていたのか?」

 西松は俺のその一言を受け、スマホを取り出し何やら見始めた。

「地図から空白が無くなっているよ…」

 西松のその一言を受け、俺もスマホを取り出す。

「何ぃっ⁉︎それは本当か?」

 俺は地図アプリを立ち上げる。
 西松の言う通りだ。

「空白地帯が無くなっている。どういうことだ。
 さっきまではGPSのエラーか何かで表示されなかっただけか?」
 
「それはわからないけど、今の現在地はこごた駅付近だよ」

「それはどこだよ?漢字で何て書くんだよ?」

「宮城県だよ。小さいの小と動物の牛と田んぼの田で小牛田だよ」

 西松の言う通り、地図アプリの現在地は小牛田駅付近を表示している。

「宮城県?仙台とかか?」

「うん 仙台駅からだと岩手県の方に向かって45分ぐらい掛かるところかな」

「え?何だって?俺たちは仙台の先まで寝てたのか?車内で何時間寝てたんだよ」

「寝てたなんて考えられないよ。乗り換えが何回あると思ってるんだよ?その度に俺たち寝たまま乗り換えたなんて有り得ないよ」

 西松のその言葉に返す言葉が無い。

「それよりもパリスが降りたのは確か桜台駅。それが13時過ぎだったと思うんだけど、今は14時7分…、1時間ぐらいしか経っていないだなんて有り得ない」

 西松のその発言はさらに驚きであった。
 返す言葉が無い。言った本人さえも驚きのあまりか、その細い目を大きく見開いてスマホを凝視していた。
 俺はスマホのカレンダーを見る。

「日付も変わっていない。
 いくら俺が鉄道に疎くても、この時間で東京から仙台の先まで移動することが無理なことぐらいわかる。
 ってことは…」

「俺たちは飛ばされた」

 西松はそう呟いた後、沈黙した。

「堀込の言う通りだ。設定がその都度書き換えられ、俺たちはその世界の中…、まるで別のゲームの世界の中へ転送されているみたいだ」

「風間。コロニーが落ちる前に城本と会った時、あいつが何か言ったんだろ?それは何だっけ?」

「確かこうだ。“多分、どこかの誰かにとって世界の終わりのイメージがコロニー落としなんだろうな”だ。
 もしかして…」

 西松は俺のその発言を受け、神妙な面持ちで俺を見据える。

「それだよ…、その“どこかの誰か”がキズナ ユキトだとしたら…」

 西松のその一言によって、俺の中の何かが弾けた。

「俺がキズナを射殺したことによって、キズナ ユキトの世界が終わった!
 だからこそ、コロニー落としみたいな突拍子も無いことが起きたのか。
 そうだ!白ブリーフを無きものとしたのはキズナだ。そのキズナの世界が終わったからこそ」

『白ブリーフが復活した!』

 俺と西松は同時に同じ台詞を吐いていた。
 俺たちは何とも形容のし難い気分で見つめ合う。

 変な沈黙が流れる中、俺はあることを思い出した。

「だとしたら、その前のペヤング率いる青梅財団が牛耳っていた世界は、ペヤングの世界ってことか」

「ちょっと待って。ペヤングはたまたま権力を手に入れたようなもので、ペヤングもこの世界に翻弄された一人だ。って、風間は言ってたよね」

「そうだった。だとしたら…」

 俺は思いを巡らせる。

「糞平だ!糞平が処刑された後、急に天地がひっくり返って、俺たちは何かに飲み込まれた。
 糞平にとって、あの世界は悪夢かも知れないが、奴の妄想、陰謀論的な世界の具現化だったと言える」

 これらの仮説に背筋が凍る思いがする。
 ふと西松を見ると、それは奴も同様のようだ。西松は顔面蒼白となっていた。

「だとしても、俺たちがいるこの世界は何なんだよ」

 西松の言う通りだ。この狂った世界は何なのか。

「わからん。そもそも俺たちは何でこんな世界にいるのか…」

「それは俺にもわからない」

 俺の一言の後に誰かがそう言い放った。
 西松の声ではない。俺の背後からの声であり、予期せぬ介入者の不意の出現により、俺の身体は震えた。
 恐る恐る振り返ると、そこには横柄な態度でシートに腰掛けている男がいた。
 腕組みをし、同様に足組みまでして通路に足を投げ出している男だ。
 黒革のジャケットにズボン、全身黒革で統一した全身と同様に、黒革のテンガロンハットって言うのだろうか、カウボーイが被るような鍔の広い帽子の影で顔は隠されている。

「俺か?」

 とテンガロンハット男は言った。俺と西松の(こいつは誰だ?)と言う、心の声が聞こえたかのようだ。
 謎の男は腕組みを解いて、人差し指を立てた。
 そしてその手を顔の前に出すと、立てた人差し指を左右に振る。

「俺は」

 男は黒革のテンガロンハットの鍔を人差し指で押し上げる。
 すると、そこには片方の口角のみを上げ、不敵な笑みを浮かべる男がいた。

「城本!」

 テンガロンハットの鍔の下から顔を覗かせたのは城本であった。

「久しぶりだな、西松。
 一号はつい最近会ったな」

「おい、城本っ」

「わかってる。お前の言いたいことはわかってるさ」

 城本は俺の言葉を遮り、襟足の
長い髪を揺らした後、両手の掌を俺に向け、俺を制止するかのような身振りをした。

「お前らの話を後ろで聞かせてもらったよ。お前らの仮説は正しい。
 糞平だとか、クロだかキズナ ユキトのことを俺はよく知らないが、この世界のことならお前らよりもわかっている」

 城本の言葉に思わず息を呑む。
 城本は一旦ここで黙り、俺たちの方を見回す。

「いいか?耳の穴をよくかっぽじってから聞け。
 この世界は誰かの妄想だの想像が具現化する世界だ。
 何故、そんなことが起きるのかはわからないが、その妄想の主が死ぬか、全てを放棄すればその世界は終わる。
 終わり方もその主次第だ。
 終わったら、また誰かの新しい世界が始まる」

「この前のスペースコロニー落下は」

「お前らの推理通りだ。キズナ ユキトの世界観だったんだろうな」

「そうだったんだ、そうだったんだ…」

 西松は茫然としながら呪文のように呟いた。
 それはいい。それは一旦、置いておくとして、

「城本、お前はそれをわかってて、何で俺たちに言わなかったんだ」

「そうだよ!何でだよ!」

 俺の言葉に釣られ、西松も同調した。

「何言ってるんだ、お前ら。
 教える義理がどこにある?
 聞けば何でも教えてくれるとでも思っていたのか?
 他人の善意を当たり前だと思っているのか?」

 城本はそう言い放つと、鼻で笑うような表情を浮かべた。
 こいつ…、癪に障る言い草だ。

「仮にだが、親切な誰かにこの世界はこうなんですよ〜って、教えられて納得するか?この世界の不条理を素直に信じられるか?
 自分自身が殺されたはずなのに生きてたり、死んだはずの奴が生き返っていたり。
 朝起きたら全て変わっていたり。そんな理不尽、不条理を目の当たりにしてからでないと納得しないだろうよ」

 そう言われると返す言葉が無い。
 城本の言う通り、真実を知らされて、はい、そうなんですか。と納得出来るか俺にはわからない。

「この世界がどんなものかよく観察して、自分で考えて初めて答えに辿り着く。そこで納得出来るものだ。
 だからこそ俺は手掛かりを教えても答えは言わなかった、ってことだ。
 しかし、お前らはここまで納得したようだからな。これからは俺のわかる範囲でなら何でも答えてやろう」

 城本の言う事には一理あるのだがな。
 俺のひねくれた無頼の根性がこれで納得するはずがない。
 こいつ偉そうに…
 俺もひねくれ者だが、城本もかなりのひねくれ者だ。
 黒革と天邪鬼の私生児、ってところか。

「俺もこの世界に来た当初は面食らったさ…
 でもお前らは俺よりもマシだ。俺という先人がいるからな」

 城本はここで大袈裟な身振り手振りをした。こいつのこれは相変わらずだ。

「城本。お前は前に“シロタンは俺の方が先だ”みたいなことを言っていたよな?それはどういう事だ?」

「簡単なことだ。俺がこの世界に来た時、お前らは居なかったからだ」

「それなら、お前はこの世界にどのくらい前からいるんだ?」

「わからない。世界のリセットを最初は数えていたが、何度もリセットされるうちにわからなくなった。
 と言うよりも数えなくなった、気にしなくなったってところだな」

「城本、元の世界はどこにあるのかな?俺たちは元の世界に帰れるのかな?」

 西松だ。

「それはわからない。今も言ったが、何度も世界のリセットを体験しているうちに、どこが元の世界なのか、俺にはもうわからない」

 城本はそんな言葉を何の気無しに言い放ち、西松は瞬きもせず言葉を失う。
 そんな西松にどこまでも沈み行く絶望感を感じた。

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