復讐の黒いスペルマ 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その38
炎。
真っ赤な炎が天高く燃え上がる。
その炎の中に俺の白ブリーフや母の顔が浮かんでは消えた。
俺たちは森本のトレーラーハウス近くの河原で焚き火をしている。
焚き火の周りには俺と西松、榎本、パリスが座っていた。
大きな薪を組んで燃やしたその様は、焚き火というよりキャンプファイヤーといった趣きか。
何も無ければ楽しいキャンプファイヤーであること間違いなしなのだがな。俺の一件もあり、重い空気だ。誰も喋ろうとしない。
「おい、出来たぞ」
トレーラーハウスの中から森本の声が聞こえた。
森本が両手に皿を持って現れた。
今日、刈った猪の肉を調理したものが皿に盛られている。
「こいつは美味えぞ」
森本は西松と榎本に皿を渡すと、トレーラーハウスへ戻り、俺とパリスの分も持ってきた。
「シロタン、喰えよ」
「あぁ」
俺は頷き、皿を受け取る。
誰が何を言うことなく、皆はそれぞれ肉を食べ始めた。
「おかわりが欲しい奴は遠慮なく言ってくれ。肉はまだまだあるからよ」
と森本は言った。
俺は皿に添えられたフォークで肉を刺し、それを口へと運ぶ。
「美味い」
と誰かが言った。
確かに美味い、絶品だ。
味付け、食感共に文句無し、イノシシということで臭みでもあるのかと思ったが、それも全く無い。全くもって美味い肉だ。
森本がこだわっていた肉の処理が良かったのであろう。
「肉なんてかなり久しぶりだよ」
西松だ。
「もしかしたら、そんなに日は経っていないのかもしれないが、かなり久しぶりの感覚がある」
高音の間抜け声の大尉、榎本が格好つけた話し方をしたのだが、その一言には同感だ。
日数にしたら大したこと無いのだが、何年ぶりかの肉という感覚がする。
榎本の一言には森本以外の皆が同感のようで、頷き同感の声を上げた。
「ここにいれば毎日喰えるぜ」
「マジかよ。俺ここに居ようかな」
森本の一言に西松が反応した。西松の反応は意外だ。
「西松、お前は健康志向じゃなかったのか。プロペ通りのラーメン屋で糞みたいなタンメン食べて満足してただろうよ」
と西松に向かって言うと、西松は俺の方へ振り向く。
「俺はお前と違って、ああいう物も抵抗が無いってだけの話だよ」
「よく言う。お前は早朝から固くて不味いパンとお湯飲んで、マリなんとかってしたり顔で言ってただろうが」
そんな話は続く。皆は楽しそうにしているが、俺の心は重く沈み込んでいる。
久しぶりに美味い肉を食っても、それは無理のないことだろう。
話がひと段落すると、誰もが黙り込んだ。
「これからどうするよ?」
沈黙を破ったのは西松だった。
西松のその顔色からは疲労困憊の色が見えた。それも無理はないだろう。
「シロタン、復讐を考えてるなら俺は手伝うぞ」
西松の一言に森本はそう即答すると、俺の方へ視線を送ってきた。西松も俺を見ている。
「俺は…」
炎の中に白ブリーフの姿が浮かび上がる。
白ブリーフ、それは俺の象徴であり、俺のアイデンティティ、存在証明…
白ブリーフに続いて母さん、近所の園部さん、父である烈堂の姿が浮かぶと、次から次へと俺の失ったものの姿が浮かんでは消える。
そして、白ブリーフの姿が再び大きく浮かび上がった。
「世界のこの狂った流れを作り、俺の全てを奪ったのがキズナ ユキト。
そして俺の家族や隣人を屠ったのはキズナ ユキトの狂信者たち。
俺にとって奴らは仇以上の存在。
俺はこの代償をキズナ ユキトの奴に支払わせたい。
奴らを叩かなきゃ気が済まない」
「その言葉を待っていたぜ!」
俺の言葉に森本は笑顔を浮かべ、両方の手の平を打ち合わせた。
「キズナ ユキトの件もあるが、ペヤングの事だって忘れてはいない。
不可解なことばかりだが、確実に言えることは青梅財団は世界の裏で蠢き、その陰謀の中心にペヤングがいる!
俺は所沢駅前で処刑されたことへの落とし前をつける」
炎の中に“仮面”の鉄仮面が浮かび上がると、続いて頭にアルミホイルを巻いた糞平の姿、そして二号こと城本の姿も浮かび上がった。
奴ら今、どうしているのか…
目頭が熱くなる。
「奴らの秘密を白日の下に晒しぶち壊す。
全ての落とし前をつける」
「シロタン!お前最高だよ!」
森本は立ち上がると俺の前へ歩み寄り、右手を差し出してきた。
反射的にその手を握り返すと、森本は俺を抱きしめてきた。
「最高だよ、お前!俺はお前と一緒にやるぜ」
森本のその言葉に心が熱く滾る。
頼もしく思うのだがな…
抱きしめてくる森本の体臭がキツいのだ。軽く目眩がするほどキツい。
森本が軽く背中を叩いてくるので、同様に返すと抱擁を解いてくれ助かった思いがする。
それにしても森本は何故ここまで…、熱苦しいのか。
こいつはそもそも、学校の守衛であり、友達でも何でもないと思うのだが。
この一方的な熱量に一抹の恐ろしさも感じるのだが、まぁ良しとするか…
「キズナの居所はすぐには掴めないが、まずはペヤングから攻めるのはどうだ?」
「それは良いな。手立てはあるのか?」
「作戦みたいなものは無いが、奴の家なら知っているぜ。
おい、あんたなら部屋までわかるだろ?」
森本の視線の先には榎本がいた。
「あぁ。もちろんだ」
榎本は夜の野外のキャンプファイヤーでもサングラスを掛けていた。
しかもいつの間にか、サングラスのレンズは修復されている。
「それなら話は早い。善は急げだ。これから不意を突くのはどうよ?」
「よし」
俺は燃え盛る炎の前に佇んでいた。
「俺は誓おう
夜が明ける前に、
復讐の黒いほとばしりを…、
復讐のブラック!スペルマッ!をぶっ掛けてやる…」
自分でも意味のわからないことを口走っていた。
全く意味がわからない。しかしだな、これが今の俺の決意なのだ。
決意の前では意味なんぞ要らない。
俺は焚き火の前で直立不動の体勢となっていた。
俺はズボンのベルトの留め金を外すと、一気にズボンを脱ぎ捨て、さらに着用していた極彩色の下着を脱いだ。
その脱いだ下着を握りしめ、燃え盛る炎の中へ投げ捨てた。
「おい、シロタン。それは俺のだって」
と森本が言ったような気がするのだが、そんなことはお構い無しだ。
極彩色のビキニパンツはあっという間に燃え上がる。
「俺にはもう下着なぞ無用」
そうだ。俺にとって下着は白ブリーフなのだ。
「市場から、世界から、
俺の白ブリーフは消えても、
まだ俺がいる。
俺が、
俺が、
俺が…」