選ばれなかった者の哀情と孤独 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その28
「講義終わったら連絡するね」
高梨結衣はそう言い残すと車で走り去った。
夜が明け、高梨結衣の自宅マンションから彼女が運転する車で出発し、高梨結衣は大学へ向かい、俺は大学の最寄り駅で下車した。
今日はここからバスに乗り、ダンキンドーナツ跡地へ向かう予定だ。
行けば何か記憶の断片が蘇るかもしれないかと思うと、行かずにはいられない。
ダンキンドーナツ跡地は大学へ向かう道の途中なのだが、この件に高梨結衣を関わらせる気はないからな、駅前のハンバーガー店でシェイクを飲みたいという口実を設け、車から降ろしてもらうことにしたのだ。
夜は結局、ジージョさんが期待していたような事は無く、俺の方も性的な行動を起こす気にさえならなかった。
やはり高梨結衣は兄である聡の妹に過ぎないのである。
しかし世の中には異性に対し性的な価値観、視点しか持ち合わせていない人間もいる。
ジージョさんだ。
高梨結衣を見送った後、そのままバスに乗ってダンキンドーナツ跡地へ向かってもよかったのだがな、シェイクを飲みたいという口実を設けただけのはずが、やはり飲みたいという衝動に駆られ、某大手ハンバーガーショップへと向かった。
「コーラ二つとシェイク三種を一つずつ、全てLサイズで」
俺の注文に店員は若干、面食らったような表情を見せる。
しかしこれが俺のハンバーガー店における、飲み物だけの注文の仕方なのだ。
シェイクを飲み、コーラを一口飲んで口の中をリセットしてから、別の味のシェイクを飲む。
そのやり方が俺のやり方、そのさり気なさが俺のやり方、なのだ。
オーダー後、これからやって来る至福の時に胸が膨らむ。
「シロタン」
そんな中、背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
聞き覚えのある声、正直言って今は会いたくない奴の声だ。
振り返ると予想通りの奴がいた。
ジージョさんだ…
ジージョさんも今日は大学へ行くのだろう。
駅周辺で俺の姿を見て、追いかけてきたものと思われる。
「おはよう、シロタン。
高梨さんとやった?」
俺の姿を見て開口一番、これだ。
ここでジージョさんの言うところの“やった”とは性行為のことだろう。
この場所を気にせず、単刀直入な無神経さがジージョさんらしさと言えば、らしさなのだが若干の苛つきと血圧の上昇を感じる。
「やっていませんよ」
と返すと、ジージョさんの顔色は見る見るうちに紅潮する。
ジージョさんは深呼吸をする。
「何故だ⁉︎何故なんだシロタン⁉︎」
「何故と言われても…」
何故と言われても高梨結衣を性的な対象として見れないってだけのことだ。
「シロタンっ!君は正気なのかっ⁉︎」
不意にジージョさんの口から飛び出た唾が俺の頬にかかる。
故意ではないとは言え不快だ。
「正気ですよ。俺はただ高梨結衣へ友達の妹以上の感情が湧かなかっただけのことですよ」
「何故、腑抜けたことを言うのかっ!
シロタン、君は男なのかーーっ⁉︎」
ジージョさんは顔を真紅に染め叫んだ。
その叫び、というよりも絶叫にハンバーガー店にいる誰もが驚き、沈黙した。
その後、店内にいる皆からの好奇や驚きの視線が集まってくる。
「男ですよ」
「敢えて言おう、シロタン!君は男失格だ!
君はロリ巨乳の上玉を前にして何もしなかったのだ!
しかも相手から誘ってきているというのに!
これは断じて許される所業ではない!」
「ジージョさん、何を言うんだ⁉︎」
「敢えて言おう、シロタン!君の人間性はカスであると!」
ジージョさんのその言葉で俺の背中には一気に嫌な汗が滲み出てきた。
これだけの事で何故、ジージョさんにここまで言われなきゃならないのか。
流石に先輩だとは言え、腹が立ってきた。
「ジージョさん、いくら先輩だからって言い過ぎたろ!」
「言い過ぎでは無いっ!」
「それなら俺も言わせてもらうっ!俺がカスなら、あんたは性犯罪者予備軍だろうが!」
ずっとジージョさんに対して内心思っていたことを言ってしまった。
ジージョさんの顔を見る。
ジージョさんのつぶらな瞳が見る見るうちに潤んでいく。
「僕だったら…、僕だったら…」
その悲しげに潤んだ瞳の中に燃えたぎる憎悪の炎を見た。
もうジージョさんは先輩でも何でも無いのかもしれない。もう元の関係には戻れないだろう…
「僕だったら!僕だったら!
僕っ、だったらーーっ!
何故、高梨結衣は僕を選ばずにシロタンなのか⁉︎
何故、君はいつも僕の恋路の邪魔をするのかーーっ⁉︎」
ジージョさんは絶叫した。
ジージョさんは全身から怒りの気をたぎらせている。
俺は色恋事でジージョさんの邪魔をした覚えはない。
しかしこれがジージョさんの本音であろう。
ジージョさんは高梨結衣に恋心を抱いていたのだ。
いや違うな、恋心と言うよりも劣情が相応しいだろう。
わかってはいたのだがな…