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阻止限界点を超えて 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その58

 全て終わった。
 俺は絆タウンを背に、あても無く歩き始めた。

 ズボンの中から生暖かな不快感を感じ、ふとポケットの中に手を入れる。
 その手は血塗れになっていた。
 そうだ。俺もりょうもう号の件から何かと無傷では済まなかったのだ。止血らしいことをしていたのだが、結構な量の血が出ている。
 俺も終わりかもしれない。

 その時、不意に上着のポケットの中のスマートフォンが異様な音を鳴らした。

[スペースコロニー落下。スペースコロニー落下。スペースコロニーが落下し始めたものとみられます。
建物の中、又は地下に避難してください]

 と不快なサイレンの後、そんな音声アナウンスが流れた。

「スペースコロニー落下だと!」

 我が耳を疑う。
 スペースコロニー?スペースコロニーだと⁉︎誰かが悪戯で流しているのか⁉︎
 スマートフォンの通知を見ると国民保護情報とやらが来ていた。
 その通知をタップすると、これを送ってきたのは内閣府からであった。誰かの悪戯ではないようだ…
 だが、こんなこと有り得るのか?
 ここはアニメやSFの世界ではないはずだ。
 今度は所沢市の防災無線のサイレンが鳴り始め、国民保護情報と同じ内容のアナウンスが流れ始めた。
 周辺のオフィスや建物から多くの人々が姿を現す。
 皆それぞれ、防災無線に耳を傾けている。

 コロニー落下など信じられないのだが、どこに落ちるのか?詳細はどこにある?
 俺はスマートフォンの防災アプリをタッチし、スペースコロニー落下の情報を見る。

(スペースコロニーが落下を始めた模様です。頑丈な建物や地下に避難して下さい。
対象地域は東京、千葉、埼玉、神奈川、栃木、群馬、茨城、山梨、長野…)

 と書いてある。具体的な落下地点は書いていないのだが、対象地域は関東から東海、関西…
 終わりだ。
 頑丈な建物や地下に逃げたところで、コロニー落下の前では無力だろうよ。
 今から電車に乗ったとしても、車に乗ったとしても間に合わないだろう。
 羽田か成田に行ったとしても飛行機なんてすぐに乗れるもんじゃない。終わった…
 そんな中、ふと空を見上げる。
 だいたい南の方角、遥か彼方の雲の切れ間から円筒形の物体が姿を現した。
 周囲の人々から一斉に、歓声とも悲鳴ともつかない声が上がる。
 この場は一瞬にして騒然となった。
 デカいぞ、アレは…
 その雲との対比からして、円筒形の物体はかなり巨大な物だ。いつかのテレビアニメと全く同じ光景である。
 やはりスペースコロニーだ…
 その円筒形の物体は明らかに落下している。

 いつの間にスペースコロニーが実用化されていたんだよ。
 実用化されていたなら、誰か落下を阻止出来なかったのか!
 阻止限界点超えてから警報出すんじゃねえよ。もっと前の段階で警報出せよ。
 しかし…、腹を立てても後の祭りだ。

 騒然とした街中で、ある者は車に乗り込み、またある者は建物内へと逃げ込むのだが、多くの人々が所沢駅へ向かって一目散に走り始めた。
 一斉に多くの者が我先にと駅へ向かった為、通りは混沌の坩堝と化した。転ぶ者や、邪魔だと声を上げる者、押されたと小競り合いを始める者たち、やがて始まる刃傷沙汰、ここは阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
 電車で逃げようとしても、これだけの人間が殺到すれば電車は動かないだろう。無駄だ。
 俺はその人の流れに逆流するかのように歩き始めた。


 そんな中、俺と同様に人の流れに逆らい、車椅子を押している男の姿を見つけた。

「榎本さんっ!」

 俺の呼び掛けに榎本は気付いた。

「風間か」

 榎本は大尉コスプレを辞めたのか、元の冴えない中年男風の姿へと戻っていた。
 榎本が押す車椅子にはペヤングの姿がある。
 そうだ。ここはペヤングのマンションから間近であった。
 ペヤングは虚空を見つめ、何やら独り言を言っている様子だ。

「榎本さん、スペースコロニー落下って何だよ?ジオンの仕業か」

「そうだよな」

 榎本は苦笑いをした。榎本のその表情からは諦念が見て取れる。

「榎本さんは逃げないのか?」

「ああ。逃げても無駄だろう」

 榎本も同じことを思ったか。

「これからどうするんだ?」

「彼女と二人になれる場所を探しているよ」

 榎本はペヤングと最後を迎えるつもりのようだ。

「あ〜、あ〜、ジェフ〜」

 ペヤングはジェフの名を口にしながらも天に向かって指差す。
 その指はスペースコロニーを差していた。
 さっきよりも近く見える。

「ジェ〜〜フ〜、いたぁ」

 榎本はそんなペヤングを見て、悲しげな笑みを浮かべた。

「ご覧の通りだ」

 ペヤングは幼児に退行したのか、涎を流し、子供じみた表情をしていた。
 その様子に俺は返す言葉が無い。

「風間、俺たちはそろそろ行くよ」

「そうか。俺は向こうへ行くよ」

 やっとのこと、言葉を絞り出すと、俺は榎本とは別の方向を指差す。

「わかった。
 風間…、それじゃ、またな」

 榎本は俺に手を振り、車椅子を押して立ち去る。

「あぁ、榎本さん。それじゃ」

 と俺は榎本らとは別の方へ向かって歩き始める。
 榎本はそれじゃまた、だなんて言っていたのだがな、もう会うこともないのに、“また”だなんてな…


 俺は再び歩き始めたものの疲れ果てていた。
 俺自身の体重で足が疲れた、痛いとかの話ではない。体力が急激に奪われているのだ。
 足元を見れば靴まで血塗れであった。
 振り返ると俺の流した血が線となり、俺の来た道が一目瞭然だ。
 少し休もうとその場にしゃがみ込もうとするのだが、座ったら最後、もう二度と立ち上がれない気がする。
 空を見上げると、スペースコロニーはさらに高度を下げていた。
 その巨大さは圧倒的、これぞ正しく空が落ちてくるってやつだ。

 そんな中、誰かが俺の肩を叩く。

「よう!一号!風間、生きてるか?」

 妙に明るく、機嫌良さげな声が癇に障る。
 その声の主は俺の背後から正面へと回ってきた。

「お前は!二号!城本!」

 身長180センチぐらいのそこそこ肥満体が俺の前にいた。
 スポーツ刈り風でありながら、襟足にボリュームのある髪型は石川敬士か、ジャンボ尾崎かといったところか。
 こいつはシロタン二号こと、城本だ。

「凄い出血じゃないか、大丈夫か?」

 だなんて二号は言っているが、本当はなんとも思っていない。
 その弛んだ表情から読み取れる。
 二号からの問い掛けを無視し、

「二号、お前。今までどうしていたんだ⁉︎」

「俺か?俺は普通に大学生活を楽しんでいたぞ」

 二号は笑みを浮かべ、大袈裟なぐらいに両腕を広げた。
 この大袈裟な動き、間違いなく二号である。
 まぁ、こいつのことを探していなかったわけでは無いが、誰も二号の連絡先を知らなかったのだ。
 それよりもだ、

「それよりも、これはどういうことなんだ。
 スペースコロニーが落ちてくる⁉︎
 いつの間にこんなものが実現していたんだ!宇宙世紀じゃないんだぞ!まだ西暦のはずだぞ」

「そうなんだよな。
 なんと言うかその、これはだな。多分、何処ぞの誰かにとって“世界の終わり”のイメージがコロニー落としなんだろうな」

「二号、お前は何を言っているんだ!それはどういう意味だ⁉︎」

「お前にはまだちょっとわからないだろうがな。その辺はいつか説明してやるよ。
 それよりも、楽しんだか?」

「これが楽しんだ顔に見えるか⁉︎」

 城本に俺の惨状を見せつけるのだが、城本は表情一つ変えない。

「楽しめよ。
 どんなもんでも楽しんだ者勝ちだ」

「両親は家ごと焼かれ、隣人は射殺、糞平は爆殺…、糞平は自爆かも知れないが、森本も西松も堀込も射殺された。
 あのパリスさえもだ。
 そして俺はクロ、かつての友の額に銃弾を撃ち込んだ。
 これでも楽しめと言うのか!」

「そうとしか言えない」

「お前、正気か⁉︎俺もどうかしているが、お前はもっとどうかしているぞ!」

「かも知れないな」

 城本は一瞬、悲しげとも取れる表情を浮かべる。
 しかし、それも一瞬のこと、城本は笑顔を浮かべた。

「次はもっと楽しくなるように動けよ」

 “次”?

「お前、今、次と言ったな⁉︎」

「あぁ」

「次があるのか⁉︎」

 城本はニヤリと笑う。

「お前が望むなら」

「どういうことだ⁉︎」

「次はもっと…、そうだな」

 城本は値踏みをするかのような視線を俺に浴びせる。

「理想の自分ってものの姿を願ってみろよ。
 そうだな。理想の自分を想像しておけ。強く、強くな」

「お前は何を言っているんだ」

「一号よ。お前風に言ってやろう。
 希望を捨てるな。強く、理想の自分を想像しておけ。
 話はそれからだ…」

 城本は意味深な笑みを浮かべるも、その背後には巨大な衝撃波が迫っていた。

「城本!俺の真似をするんじゃねぇ!」

 瞬きをする間もなく、衝撃波は視界全体に迫りくる。

「そろそろ時間だ。また会おう」

 城本は振り返りもせず、背後に迫り来るものを悟ったようだ。

「城本!待て!説明しろ!」

 城本は目を瞑り、両手を広げ、そのまま衝撃波に身を委ねると、強風に煽られる枯葉のよう、天高く舞い上がった。

「城本ーーっ」


 話はそれからだ…、だと!
 話はそれからだ…、なのか?

 自分に投げ掛けられた己の決め台詞、

「話はそれからだ…」

 その屈辱とも何とも形容のし難い感情は衝撃波と共に宙を舞う。




「話はそれからだ…」と中年男は言った
シーズン3
白ブリーフの夜明け




 風間詩郎は帰って来る。


「話はそれからだ…」と中年男は言った
シーズン4
白ブリーフ無頼へ続く。

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