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宿命は生贄を求む 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン4 その12
「おい、パリス。お前、とりあえずそのICカードで自動改札から出てみろ。
それでゲートが閉じたら駅員を呼ぶのだ。なるべく大きな声で大騒ぎしろ。
話はそれからだ…」
俺は充分な間を取りつつ、決め台詞をパリスへ投げかけた。
「うん わかったよ、シロタン」
パリスは俺の指示通り、自動改札へと向かう。
「よし、俺たちは有人改札付近で待機だ」
「風間、どうするの?」
西松が怪訝そうな表情を浮かべた。
「パリスが駅員の目を引き付けた隙に有人改札から脱出だ」
「え?でも、パリスは…」
「何事にも犠牲は付き物だ…」
「風間っ!お前、パリスを生贄にするのか!」
堀込が俺の腕を掴んだ。
「堀込、お前には精算出来るだけの金があるようだが、俺はそれほど持ち合わせていない。他の皆はどうなんだ?」
誰も何も言わない。
「こういうことだ」
俺の一言に堀込は口をつぐむ。
「駅員に事情を説明しようよ」
西松はそう言いながら、俺の前に立ちはだかる。
「気がついたら東北本線に乗ってて乗り過ごしました、とでも言うのか?この口実が通ると思うか?」
俺の一言に西松も口をつぐむ。
「なんなら駅員は実体化した幻影かも知れない。わけのわからないことを言って、水晶化させてみるか?」
そんな中、パリスの叫び声が聞こえた。
「シロタ〜〜ン!」
パリスの方へ視線を走らせる。
「出れたよー!」
パリスは改札外にいた。持っていたICカードで自動改札を突破出来たようだ。
『何だと!』
西松と堀込は驚きで同時に声を上げた。
「私もやってみるとしよう」
榎本も自動改札へと向かう。
榎本は所持していたICカードを改札機へタッチさせると、一回音を立てゲートは開いた。
「マジかよ…」
堀込と西松が驚きに立ちすくむ中、俺も自動改札へと向かう。
「榎本も出れたんだ。行くぞ」
俺たちは無事に改札を抜けると、東口側から出た。
それは西松がネットで調べた冷麺と焼肉の店が近くにあるからである。
駅舎の大きさや規模も驚きであったのだが外も驚きであった。
駅ビルもあれば、駅前には大きなバスターミナルまである。
その分、駅前は絶えず人が行き交う。
ここ、盛岡は俺が思っていた以上に都会であった。
そんな中、駅前にはストリートミュージシャンが演奏をし、そこにはかなりの聴衆が群がっている。
榎本と西松はそのストリートミュージシャンを囲む人の輪に近寄り、演奏に耳を傾けた。
「良い演奏だな」
榎本が某大尉気取りで言うと、西松はそれに頷く。
俺には音楽を聞く趣味が無いせいなのか、この二人が通ぶっている風にしか見えない。
「それは後にしてくれ。腹が減っているのだ。
先を急ぐぞ」
「一曲だけ、一曲だけ聞かせてよ」
西松は俺の話を聞こうとしない。どちらかと言えば、聴衆の輪の中に入っていこうとさえしている。
「いいじゃないか。一曲だけ聞いていくのも悪くはない」
榎本だ。こいつもストリートミュージシャンの演奏を聞いていく気が満々だ。
「仕方ない。一曲だけだ。一曲終わったら、俺だけでも食べに行くからな。
話はそれからだ…」
西松と榎本を先頭に俺たちは聴衆の輪の中へ入って行く。
その輪の中へ進んで行くに従い、徐々にその全容が見えてくる。
ギターを弾きながら歌う女とギター担当の男の二人組だ。
女の方は黒髪ロングのストレートヘアと黒いサングラスを掛け、クリーム色のとっくりのセーターにパンタロン。男は肩までの髪を波打立たせ、女と同様に大きな黒いサングラスをかけ、クリーム色のとっくりのセーターとパンタロンだ。
ペアルックってやつか。反吐が出る。
「素晴らしい歌詞だ」
榎本が呟くと、西松がそれに頷く。
俺は聞き取るつもりが無いのでよくわからないのだが、平和がどうだとか歌っているように聞こえた。
ああ、俺にとっては関心の湧かない退屈なひと時である。堀込とパリスも同様のようだ。
堀込はスマホをいじり、パリスはそっぽを向いている。
そんな中、ふと視界にはいってきたのが、歌う二人の周りにプラカードを持っている連中が多くいる事だ。
そのプラカードは下げられているのだが、そこには授業料値上げ反対や闘争等の文言が躍っていた。
嫌な予感がする。
これは何だ?
俺たちを含め、ここにいる連中の服装はまるで60年代か70年代風、これはどうなっているのか。
そんな中、演奏が終わると周囲から大歓声が巻き起こる。
「おい、冷麺を食いに行くぞ」
俺の一言に堀込とパリスは反応するのだが、榎本と西松は動こうとしない。
「もう一曲だけ、お願い」
と西松は俺たちの方へ振り返り、両手を合わせる。
「一曲だけの約束だと言っただろう。行くぞ」
その一言に西松は仕方なしとばかりに動いたのだが、榎本は相変わらず二人を見つめていた。
「榎本さん、行くぞ」
「風間、待ってくれ。似ているんだよ」
「何がだよ?」
「女の方だ」
「誰にだよ?」
榎本は一拍、間を置いた後に振り向いた。
「黒薔薇婦人だ」
榎本のその一言に思わず腰から力が抜ける。
黒薔薇婦人…、今にして思えば、彼女の出現によって俺たちの運命の歯車が狂い始めた。
それまでは日陰者なりに平穏無事な高校生活を送っていたのが、彼女の出現後、全ては一転したのだ。
謂わば彼女は宿命の女、ファムファタールってやつか。
「風間っ、大丈夫か?」
咄嗟の出来事に堀込が俺の右肩を支えると、パリスが左肩を支えた。
「すまん」
俺は我に返り、足腰に力を入れ体勢を整えると、歌っていた女の方へ視線を送る。
似ているかと言えば似ているように見えるのだが、着用している大きめのサングラスが目元を完全に隠していて判別し難い。
「う〜ん 似てるかな?」
西松だ。
「私は風間とサンデーサンで彼女のリサイタルを見たのだよ。歌声も彼女のものと酷似している。
間違いなく黒薔薇婦人だ」
榎本はそう言い切った。
黒薔薇婦人らしき女は歓声に応えるように聴衆へ手を振る。
ギターの男も同様に手を振った。
やがて二人は互いを称えるように身を寄せ合い抱擁する。
抱擁の最中、男は黒薔薇婦人と思われる女の顔へ自分の顔を寄せると、不意にサングラスとサングラスが軽く当たった。
男は思ってもいなかった出来事だとでも言いたげに口元を綻ばせる。
そして男がサングラスを外すと、それに続いて女もサングラスを外す。
二人は接吻を交わした。
聴衆に見せつけるかのような長い、長い接吻。粘つき糸引くような接吻だ。
その時は永遠を思わせる。
聴衆からの冷やかしの声に応えるかのように二人は抱擁を解き、聴衆に向かって振り向くと再び手を振り始めた。
この時、俺ははっきりと女の顔を見た。そして確信する。
この女は黒薔薇婦人だ。
その刹那、誰かが〈あっ〉と言った。
多分、パリスだろう。
パリスは俺と黒薔薇婦人について知っているのだ。
高校時代のある日のことであった。
俺たちの派閥、ブラックファミリーはメンバーである栗栖という半ケツ晒し野郎の恋愛話からの告白に付き合わされたのだ。
その舞台は高校近くのファミレス、サンデーサンであった。
栗栖の告白相手というのが、当時サンデーサンの従業員であった黒薔薇婦人であり、言うまでもなく栗栖は玉砕するのだが、話は意外な方へ進み、俺が黒薔薇婦人から気に入られたような展開となったのだ。
その後、黒薔薇婦人のリムジンで同伴登校をし、再会とディナーの約束をしていたのだがな、その直後、黒薔薇党による入間川高校占拠事件が起こり、現在に至る。
今でもあの日のことを思い出す。
全く現実味の無い、夢のようなひと時であった。
パリスが声を潜めつつ、西松と堀込に俺と黒薔薇婦人のことを説明しているようだ。
「シロタン、落ち込むなよ。
今は顔がかっこいいから大丈夫だよ。
今は顔がかっこいいから大丈夫だよ」
パリスの野郎、大事な事だから二度言うか…
「俺に落ち込む要素なぞどこにある。
黒薔薇婦人とはそもそも何も無いのだ。彼女のリムジンで同伴登校をし、ディナーの約束をしてあっただけなのだ」
と言っている自分がどこか虚しい。
今、俺の手が震えている。
それを皆に悟られまいと力を入れれば入れるほど手が震える。
誰かが俺の肩を軽く叩いた。
振り返るとそこには榎本。榎本のサングラスのフレームが照り返しを受け、一瞬煌めきを放ち、榎本は頷く。
その榎本の顔には〈お前の気持ちはわかる〉と書いてある。
寝取られ者同士とでも思っているのか…
だから俺は寝取られていないのだ。それ以前の問題なのだ。
それ以前の問題?それ以前の問題か…
虚しい…、虚しい。
畜生…
寝取られを笑う者はいつか同様にして寝取られる。
因果応報、寝取られ無頼。
寝ていなくとも寝取られ無頼。
我が身に降り注ぐ、
寝取られ無頼…