黄金色のエクスタシー 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その55
森本のトレーラーハウスは川の辺りにあり、その近くには橋が架かっていた。
その橋の下にはシャッターで閉ざされた物置だか車庫がある。
この物置については前からあることを知っていたのだが、全く気にしていなかった。
明日、絆タウンへ乗り込むこととなり、何か使える物はないかとハウス内を探し始めた時に(物置の鍵)、と書かれたシールの貼られた鍵を見つけたのだ。
すると、あの物置を開けた先には何があるのか気になり始め、シャッターを開けてみることにしたのであった。
夜は20時を過ぎた辺り、周辺には民家など無いことからして、このトレーラーハウス付近は闇に包まている。
灯りといえばトレーラーハウス内の照明か、たまに堤防の上を通りすがる車のライト、水面を照らす月の灯りぐらいだ。
俺はそんな闇の中、懐中電灯の灯りを頼りに橋の下の物置へ近付く。
シャッター横の壁に埋め込まれた箱のような物を見つけた。
その箱には蓋があり、そこには鍵穴があった。
その鍵穴に、トレーラーハウス内で見つけた鍵を差し込む。
これだ。
この箱を開ける鍵で間違いない。ぴったりとはまり、それを横へ捻ると開錠される音が聞こえた。
蓋を開け懐中電灯で箱の中を照らすと、そこには二つのボタンがある。一つは開、もう一つは閉。
俺は開ボタンを押す。
軋むような音と共にシャッターが開いていく。
シャッターが開き、懐中電灯で中を照らすと、隠されていた物の姿が俺の視界全体に飛び込んできた。
「なんだ、これは…」
圧倒的…。あまりに圧倒的であった。
その容姿に俺は小一時間、時が経つのを忘れた。
闇の中、懐中電灯の灯りに照らし出された物は黄金色に輝く物体である。
その黄金色は懐中電灯の灯りを照り返し、正視することを許さないほど眩く、容赦ない存在感を放つ。
森本は何故にこれを隠していたのか。奴はこれを何に使うつもりだったのか…
疑問が寄せては返す波のようにやってくるのだが、それ以上に笑いが込み上げてくる。
俺は声を出して笑った。こんなに笑ったのは久しぶりな気がする。
「俺だ」
[もしもし、シロっ、あっ。風間さん」
キズナの野郎…、一気に滾る怒りを抑え、平静を装う。
「これから行く。お前は今、絆ランドか?」
[絆タウンだよ]
「そんな事、俺にとってどっちでも良い事だ」
[絆タウンだよ、絆タウン]
つまらぬことで食い下がるキズナへ、俺の怒りは一気に沸点へ達する。
「そんな事、俺の知ったことか!まずは茶坊主の指だけ宅急便で送ってやってもいいんだぞ」
[ごめん、シっ。あっ、すみません、風間さん]
「これから絆タウンとやらへ行くからな。まずは従業員全員、中にいる奴ら全員、正面エントランスで俺を出迎えるのだ。ただし、全裸でな。
話はそれからだ…」
[えっ?全裸?それはちょっと…]
「俺はわざわざ、罠があるかもしれない敵地へ一人で乗り込むんだぞ!」
[もう罠なんて仕掛けないよ]
「信じられるものか!」
[本当だから信じておくれよ…]
いかにも同情を誘っていそうなキズナの口調に、俺の中で何かが弾けた。
「わかった、妥協してやろう。
そうだな…
全裸に目出し帽か、全裸に靴下のみのどちらか二択だ。
俺の寛大さに感謝しながら即決しろ。
話はそれからだ…」
[え…、靴下のみか、目出し帽のみ?]
「あぁ、そうだ」
キズナが沈黙した。迷っているのだろう。
[わかった。全員、全裸に靴下のみで君を出迎えるよ]
「よし、それならこれから向かうぞ」
[ちょっと待って!]
通話を切ろうとした刹那、キズナが叫ぶ。
[本当に茶屋道くんは無事なんだろうね?]
「ああ、無事だ」
[それなら声を聞かせてほしい]
「なんだと?」
[声を聞かせてくれないなら、この話はなかったことにする]
キズナははっきりとした口調であった。これは本気だろう。
「面倒臭えな…
だが、いいだろう。ちょっと待ってろ」
と言いながら、俺は通話を切らずに車の運転席から降りる。
そして車の後部へと回り、黄金で装飾された後部扉を開ける。
後部扉を開けた車内も黄金一色、この車は過剰なまでに黄金で装飾がされているのだ。
この車はトランクと後部座席が取り払われ、その真ん中にレールのような物が敷かれ、そのレールの上には大きな木の箱が置かれている。
そのレールは木の箱を一人の力で車外へ引き出す為のものであった。
その木の箱とは柩である。
ああ、この車は霊柩車だ。
橋の下の車庫には、霊柩車が置かれていたのだ。しかもこれは車の後部が神輿みたいになっている、宮型霊柩車ってやつである。
俺は柩を手前に引き出し、顔を見るための窓、覗き窓ってやつを開く。
中から猿轡をした茶坊主の顔が見えた。俺は覗き窓から柩の中へ手を伸ばし、茶坊主の猿轡を顎へずらす。
「この豚野郎!こんな所へ閉じ込めやがってぇ!なんて罰当たりな事をするんだ!」
猿轡をずらされたと同時に茶坊主が叫んだ。
「コントラバスのケースよりは快適だろうよ。それよりもキズナがお前の声を聞きたいらしい」
スマホの画面を茶坊主へ向ける。
「キズナさん!キズナさーんっ!」
「キズナ、聞こえただろ?お前の茶坊主は元気だ」
[うん わかった。全員、全裸靴下で出迎えさせるよ]
「よし。これから向かうからな」
と通話を切ると、何やら叫ぶ茶坊主を無視し柩の覗き窓を閉め、柩を車内へ収納する。
そして後部の黄金の扉を閉め、運転席へと戻る。
森本はよりによって、霊柩車を隠していたとはな…
車内にあった取説を読んだのだが、こいつはただの霊柩車ではない。
お楽しみだ。
まさにお楽しみはこれから過ぎて、絶頂を迎えそうだ…