聖地陥落 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その36
「無い…」
俺は途方に暮れた。
森本が車を走らせてやって来たのは市街地にある、大手スーパーマーケットの洋品売り場であった。
俺のサイズである7Lなど、そこらのスーパーの下着売り場には置いていない事の方が多い。
それはわかっている。
俺が途方に暮れたのは俺のサイズが無かったからではない、白が無かったからである。
小さめのスーパーを含めて、俺たちはここまで五店舗見て来たのだが、どこにも白ブリーフが無いのだ。
ブリーフだけでは無い。肌着、靴下、ステテコ、股引に至るまで性別問わず、全ての下着類の白が無いのだ。下着類だけではない、衣類さえも白が無いのだ。
店員に聞いても皆答えは同じ、オーガニック推進法と精製禁止法とやらで白の衣類は在庫無し、製造すらされていない、と言う。
百歩譲って食べ物の精製云々はいいとしてもだ、衣類だの繊維にまで関係あるのか?
知らぬ間にこんな事態になっていたとは…
これらもやはり、キズナ ユキトが推奨し始めたことらしい。
キズナの野郎…
ギリギリと嫌な音がする。
俺は思わず歯軋りをしていたようだ。
そして、知らぬ間に俺は怒りに身体を震わせていた。
「シロタン、まだ諦めるなよ。あの店があるだろ?なんだっけ、あの大きいサイズ専門店」
森本のその一言に、俺の心の中のモヤが一気に晴れた。
そうだ!俺にはまだ希望がある。
「森本さん、そうだ!俺にはまだ希望が残されていた!
サカデンだ!」
サカデン、それは大きいサイズの衣類専門店だ。
俺は子供の頃から並外れた肥満児だった。
小学校高学年に上がる頃にはそこらで売っている服のサイズが合わなくなり、大きいサイズ専門店のサカデンの存在を知ったのだ。
以来、俺はそこで全て揃えるようになっていたのである。
サカデンなら、そこらの店と違い幅広いサイズと幅広い種類の衣類、下着が揃っている。在庫に関しても言うまでもない。
まだ白ブリーフが残されている可能性は高い…
「森本さん。サカデンへ頼む」
「シロタン、任せておけ」
森本は握った拳の親指を上に向け立てた。
俺たちは森本のトラックへ滑り込むようにして乗ると、トラックは走り出した。
「どうせなら本店行ってみようぜ。
あそこはデカいんだろ?」
森本が言った本店とはサカデン本店のことだ。
サカデン本店…、そこは肥満児、巨漢向けのファッションアイテム、“全て”が一堂に会する場である。
それは日本全国の巨漢、肥満児の聖地と言っても過言ではない。
本店に無いものは無い。もし無いものがあるならば、それはこの世に存在していないものなのだ。
俺は何度も行っているのだが、そこには思い付く限り、あらゆるジャンルのファッションアイテムが揃っている。
サカデン本店ならば…、
サカデン本店をこれほど頼もしく思った事はない。
そして、ステアリングを握る森本の姿さえも頼もしく見える。
「森本さん、頼む」
「日本橋だよな。任せろ。1時間を切ってやるぜ」
森本はアクセルを踏み込んだのか、トラックのエンジンが今まで聞いたことのない様な唸りを上げ加速する。
その時、路肩に停車していた白バイがサイレンを鳴らし、急発進した。
「森本さん、しっ、白バイが!ちょっと飛ばし過ぎだよ!」
西松はその加速っぷりを咎める。
しかし森本はどこ吹く風とばかりに聞き流す。
「西松!これぐらいのことにビビるなよ!
安心しろ、この加速っぷりに白バイなんて追い付けねぇからよ」
と森本は不敵な笑みを浮かべた。
数分もしないうちに森本のトラックは高速道路へと入り、より加速していく。
途中から追いかけてくるパトカーの姿も見えたのだが、あっという間に引き離していった。
「行っただろ?追いつけねぇってよ!」
森本はそう言った後、高笑いする。
東京都中央区日本橋横山町。
ここは日本橋地域の北部に位置し、この横山町と隣接する馬喰町にかけて、衣料、雑貨などの問屋が軒を連ね、小間物繊維問屋街として知られている。
その街の一角にサカデン本店がある。
地上五階建て、白い外壁の百貨店並みの大きさの建物だ。
出入りする客は肥満児か巨漢のみ。
それらの要素が相まって、周囲に圧倒的な存在感を放つ。
ここなら、ある。
そんな確信を抱かせるのは外壁が白だからか。
そうさ、何せ白だ。
白は白ブリーフの白であり、シロはシロタンのシロだからな…
森本はどこか駐車場を探してくるということで、俺と西松は先に降り、サカデン本店店内へ行くことにした。
目指す下着売り場は最上階の五階にある。
逸る気持ちを抑え、エスカレーターへと乗り込む。
ここへは来慣れているはずが、いつもと違う風景に見えるのは、緊張と期待の入り混じった気分だからであろう。
五階へと到着すると同時に俺は辺りを見回す。
ここは何も変わっていない!
相変わらずのサカデン本店、下着売り場だ。
まるで故郷へ戻ってきたかのような安堵感、懐かしさを感じた。
色とりどりの下着達が無数に陳列されている。
ここはまるで極彩色のジャングルか、小宇宙だ。
俺は極彩色で彩られた小宇宙を駆ける。
目指すはただ一つ、白を目指して…
確信は不安へと変わり、絶望の芽が見え隠れし始めた。
「ない。白が無い」
二手に分かれて探ってきた西松と合流するも、西松の返事も「無い」であった。
店員に白ブリーフのことを聞いてみたのだが、返事は所沢のスーパーの下着売り場の店員と全く同じものであった。
キズナ ユキトの魔の手はサカデンにも及んでいた。
聖地は侵されていた。
視界にモヤが掛かってくる。
「俺の…」
全身の力が抜けてくる。
「俺の…」
周りで誰かが何か言っているようだが、俺の耳には入ってこない。
「俺の白ブリーフが無い」
俺は人目も憚らず、その場にしゃがみ込んでしまった。