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ペヤング 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン2 その3

「ペヤングですか」

ペヤング。ここではインスタントの焼きそばのことではなく、“奴”が今、連れて来た女の異名のことである。
ペヤングの本名は知らない。
多分、顔がペヤングの容器に似ているからか、髪型がペヤングの麺みたいだからか、若しくはその両方か。
とにかく、そう呼ばれている女だ。

“奴”はいつも違う女を連れて同伴通学していたのだが、ここ数ヶ月ははペヤングを連れて通学している。
“奴”とペヤングは特別な関係になったのだろう。
そう、このペヤングって女も女で気取りに気取った奴だ。
この狭山ヶ丘国際大学の理事長の娘だか孫だという話だ。

「けっ、“奴”もペヤングも気取りやがって」

と思わず悪態をつく。
虫唾が走る、とはまさにこの事だ。

「そうだよね、あいつらムカつくよね」

とジージョさんが調子を合わせてきたのだが、どこかその言葉は白々しく若干棒読み的な響きに聞こえる。
それもそうだろう。ジージョさんはロリコンだからな、本当はなんとも思わないのだろう。

そんなことや他愛もない事を話しているうちに講義室へ着いた。
俺とジージョさんは講義室の最後列の窓際に陣取る。
その直後に講義室の前方、教壇付近の引き戸が開く。
真っ赤な人影が姿を現す。
全身、深紅のアイテムに身を包んだキザな野郎。

“奴”だ。

“奴”が引き戸を開けると、さも当然かのようにペヤングが気取った態度で入ってくる。
教壇に向かって低くなっていく構造の講義室で、“奴”はいつも目立つように前から入ってくるのだ。
そして、毎度のことなのだが、

「グーテンモルゲン」

と、“奴”が唯一覚えてるのであろうドイツ語で挨拶する。
すると講義室にいる女学生共が一斉に吐息を漏らす。
女学生共のうっとりとした視線を集め、“奴”は同伴した女を気取った様子でエスコートし着席するのだ。
そのエスコートされているペヤングも、まるで貴族にでもなったかのような気取りっぷりをしていやがる。
とことん、いけ好かない鼻持ちならない二人だ。

俺にはこの“奴”の良さがわからない。
“奴”は車が赤なら服も赤、上から下まで赤ずくし。
今日は真紅のレザーのダウンジャケットに赤いズボンなのだが、この赤いズボンが怪しいのだ。
このズボンが膝から裾に掛けて、極端に広がっていくデザインで、所謂パンタロンとかベルボトムってやつなのだが、膝下が妙に長く爪先まで完全に隠れていることから察するに、凄く踵の高い靴かブーツを履いていて、それをズボンの裾で隠しているのではないかと思っている。
いつかこの秘密を暴き、“奴”の正体を白日の下に晒してやる…

そうだ、“奴”にはもう一つの特徴がある。
それはサングラスだ。
俺がこの大学に入学した時から“奴”を見かけるのだが、いついかなる状況でも“奴”はサングラスを外さない。
これもいつかサングラスを奪い取り、“奴”の素顔を晒してやろうと思っている。

そんな事を思っていたら、知らぬ間にか“奴”とペヤングが俺の横に来ていた。

「君、そこを退いてくれないか?」

と、“奴”が話し掛けてきたのだ。
この大学に入って三年経って、初めて“奴”の声を聞いた。
その声に俺は驚きを隠せない。
“奴”の容姿からしてもっと低音の甘い声を想像していたのだがな、それが意外なぐらいに甲高く間抜けな響きだったのだ。
しかも[そこを退け]と言う。
全くもって意味がわからない。

「あんた、何を言ってるんだ?」

「だから、僕達がそこの席を使うから退いてくれないか?と言っているのだよ」

「席なんてどこでもいいだろうよ。
開いている席に座れ」

この席に思い入れなぞ無いが、この気取った連中に譲るなんてお断りだ。
俺はサングラス越しの“奴”の眼に向けて、流し目加減の睨みを効かせた視線を送る。
同時に俺の銀縁眼鏡のフレームの端が一瞬、鋭い光を放つ。

…放ったと思う。
……放ったことにしてくれ。

「あなた達みたいなカーストの最下層民は、私達のようなカースト上位2%民に逆らってはいけないはずよ。
そこを退きなさい」

ペヤングだ。ペヤングが声を挟んできた。
確かに俺やジージョさんは最下層だがな、

「ペヤングか。
あんた勘違いも甚だしいな。あんたがカースト上位だと思えるのは、この狭山ヶ丘国際大学の中だけだってまだわからないのか?
表参道とは言わないが、せめて池袋に行ってこいよ。そして周りと自分の違いをよく観察してくるがいい。
話はそ」

「しっ、失礼じゃないかっー!」

俺の言葉を“奴”が遮った。
ペヤングは顔を紅潮させている。

「無礼よ!この無礼な家畜の糞共をここから追い出して頂戴っ!」

ペヤングが金切り声を挙げると、“奴”の取り巻き連中が俺たちの周りに集まり始め、包囲し始める。

「まずいよ、シロタン…」

ジージョさんは身を縮こめた。

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