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放漫は変わらず風に揺れる 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン4 その13
「お前らは案外、薄情なんだな」
予期せぬ方から若干、怒り混じりの声が聞こえた。
その声の方へ視線を走らせると、全身黒革の装束に身を包み、それと同様に黒革のカウボーイハットを被り、気障ったらしいポーズで顔を隠している男がいる。
二号こと、城本だ。
俺と西松と堀込、パリスは電車を降りた時から60年代だか70年代の格好になっていたのに対し、二号と榎本だけは相変わらずなのは何故か…
「二号!お前はどこへ行ってたんだ」
俺のその声に、二号はカウボーイハットの鍔を人差し指で上げると、その不細工でもなく格好いいわけでもない、中途半端な造形の顔を覗かせる。
「俺か?俺は盛岡駅でトイレへ行っていた。そのことをパリスへ伝えたはずだが」
パリスの野郎…、俺は二号のその言葉を受け、パリスへ流し目加減の睨みを効かせ、
「おい、パリス」
「ごめん、シロタン。言うの忘れた」
パリスは例の薄笑いを浮かべた。
一方、二号は周囲を見回す。
「面白そうな場じゃないの」
二号もこの場の微妙な空気感を感じたようだ。
歌っていた女とギターの男の周りにいる連中がプラカードを上げ、何やら自分たちの主張を連呼し始めた。
「お前らは危険な匂いがするものに首を突っ込みたがるよな。
だが、その感覚は嫌いじゃない」
二号はこの状況を見回すと笑った。
「二号、誤解をするな」
と言いつつ、俺はさっきまで歌っていた女の方へ顎をしゃくり、
「俺が腹が減っていると言うのに、西松と榎本さんがあの女らの歌を聞きたがるから、少し付き合ってやっただけだ。そうだよな?堀込、パリス」
「風間の言う通りだ。早く焼肉か冷麺、食いに行こうぜ」
と堀込は同調する。
「あの〜、ちょっといいですか?」
そんな中、俺たちに声を掛けてきた男がいた。
「僕たちは岩手武輝学院大学の学生です。僕たちの活動に賛同していただけましたら、寄付をお願いします!」
そいつはだらし無さの塊が服を着ているような男であった。
伸び放題に伸びた髪は顔に掛かり、鼻と口元しか見えない。
身長は俺よりも若干低く、体型は所謂、ずんぐりむっくりってやつだ。ズボンを極端なまでに腰履きしているせいか、脂肪感ある腹が白日の元に晒されている。
そして、その下腹部にある密林が晒され、風に揺れていた。
この極端な服の着こなしに俺の心の中の何かが弾けた。
「シロタン、もしかして」
パリスも気付いたようだ。
「ああ、そのもしかしてだ」
俺はその密林晒し男に近寄り、
「お前、栗栖か?」
密林晒し男が一瞬、驚いたように身体を動かした。
「そうですけど、どちら様でしょうか?」
「俺だ。風間詩郎ことシロタンだ」
「え!シロタンっ!」
密林晒し男は露骨なまでに驚き、後退りし、俺の全身を上から下まで舐め回すように見た。
「体型はシロタンそのものだけど顔が…」
「そうだ。この目まぐるしく変化する世界の中で、アラン・ドロン似の美男子へと変わったのだが、身体だけ元に戻ってしまった。
しかし栗栖よ。俺は正真正銘のシロタンこと風間詩郎だ。
パリスと榎本さんもいるぞ」
密林晒し男はその前髪を耳に掛け、その顔を露出させると、俺たちを確認するかのように見回す。
「本当だ!パリスと榎本さんもいる!」
露出したのはくたびれたゴルフボールみたいな顔と、ゲジゲジ眉毛の不細工。間違いなく栗栖だ。
「栗栖、久しぶりだな」
榎本が栗栖にそう声を掛けると、パリスを加えた三人は互いに再会を喜ぶ。
「高校では違うクラスだったが、西松と堀込もいる」
西松と堀込も再会を喜ぶ三人の中に入る。
「あと一人は城本。大学で知り合った奴だ」
城本は帽子の鍔に手を当て、軽く会釈をした。
「栗栖、君たちは何の為に寄付を募っているのかね?」
榎本が栗栖へ質問した。
「僕たちは岩手武輝学院大学の学費値上げの反対運動をしているんだ。
その為の活動資金を募っているんだよ」
栗栖は真っ直ぐな眼差しで答えた。
「時代錯誤の学生運動みたいなものだな」
榎本が例の大尉風の口調で、しかも若干嘲笑うかのように言い放つ。
「くだらん」
榎本はさらに付け足すと、栗栖は困惑したような表情を浮かべ黙り込む中、二号は笑った。
「榎本、それは言い過ぎだろ」
二号の言う通りだ。
榎本の言うこともわからないでもないのだが、あの台詞はここで言うべきではない。
「授業料を払えない僕たち学生の未来を、あなたはどう考えているのですか⁉︎」
そんな質問がどこからか飛んできた。榎本のあの台詞を周囲の奴らが聞いていたようだ。
「授業料が払えないのならアルバイトに精を出したまえ。それが出来ないのなら退学して働きたまえ」
「僕たちから学びの機会を奪うのか!」
「学びの機会?君たちの大学は何と言ったか?岩手武道館大学だったか?」
「違う!岩手武輝学院大学だ!」
俺たちの周りを長髪パンタロンの連中が取り囲み始めていた。
「榎本さん、やめようよ。ここから離れようよ」
西松は榎本へ耳打ちしながら、タキシードの裾を引っ張る。
しかし榎本は退かない。
「そんな大学名、聞いたことがないのだが、それは四流私大かね?
四流私大の君たちは本当に大学で勉強しているのか?
日々、パチンコ三昧か、テニスサークルで女学生の尻を追いかけ回しているのが関の山じゃないのかね?」
いつになく榎本は攻撃的だ。
榎本のこの一言によって周囲に不穏な空気が流れ始めた。
大学の格的には、俺たちの狭山ヶ丘国際大学も大して変わりは無く、人の事を言えた立場ではないのだが…
「そんな事は無い!僕たちはちゃんと学んでいるぞ!」
「これは失礼。
君たちは学んでいるのだな。
今、君らは何を学んでいるのか?
掛け算か?割り算か?漢字の書き取りかね?」
榎本…、それは言い過ぎだ…
「なんだと貴様っ!」
その怒号に榎本は笑った。
「その貴様という言葉はそもそも敬語だったのだ。君たちはそんなことさえも知らないだろう。
これを知っていた学生がいたら、手を上げたまえ」
誰も手を上げない。
「これがいかに君らが無学無教養であるかの証しだ。
君たちの学生生活と言えば公営ギャンブルやパチンコに精を出し、親から預かった学費をギャンブルに注ぎ込み家計は火の車、リボ払いのカードローン地獄。さらに女学生と神田川気取りで出席日数と単位不足で留年。
そんなところじゃないのかね」
周囲の長髪パンタロン集団は榎本のその言葉を聞き、一気にその怒りを爆発させた。
榎本の言うことはわかる。笑えるぐらいにわかるのだが、
「榎本さん、何てことを言うんだ」
「いいのだよ。これぐらい言わないとわからない連中だ。風間、君だって私の意見に同感だろう」
榎本は俺に同意を求めてきた。
確かに狭山ヶ丘国際大学には榎本の言葉通りの奴らはいる。しかしだな、危険な臭気を放つ奴らがいるこの場でそれを言うべきではない。
[この短足が][サングラス割るぞ][その靴底は何だ]等、様々な罵詈雑言が榎本へ降り掛かる。
それに対し榎本は引かない。見下し、嘲笑う姿勢を崩さない。何故、榎本はここまでするのか。どういう風の吹き回しなのか。
「こいつ、昼間の街中で何でタキシードを着てるのか。スパイか?」
そんな声が何処からか聞こえると、長髪パンタロン集団の怒号はそれ一色へと変わる。
[公安のスパイか!][特高警察のスパイか!][やっちまえ!]
殺気立った臭団は榎本へ掴みかかってきた。
榎本は駅前広場で奴らから引っ張り回され、全身引きちぎられてバラバラにされそうな勢いだ。
それはいいとしても、俺たちはこの場をどうやって切り抜ければいいのか。
「皆んな、冷静になってくれ!」
集団の向こう側から、そんな声が聞こえた。
長髪パンタロン集団は一気に静まり返る。
「ここは私に任せて欲しい」
その一言に長髪パンタロン集団は二手に分かれ、そこに一本の道が出来た。
その道の向こうには、さっきまで歌っていた黒薔薇婦人とその横でギターを弾いていた男がいる。
集団の中から“先生”と呼び声が掛かるとと、ギターの男が俺たちの方に向かって歩き始めた。
ギター男の後に黒薔薇婦人が続く。